糖質制限をしていることを書いていますが、きっかけとなった漫画(「糖質制限でうつ病が治った話」:note)で紹介されていた本です。


炭水化物が人類を滅ぼす 糖質制限からみた生命の科学 (光文社新書)


新聞の広告や本屋さんで見かけたことはあったものの、タイトルにちょっと陰謀論的なものを感じてしまい敬遠していました。
でも、↑の漫画でそうではないというようなことが書かれていて、更にいつも読んでいる渋谷のバーのマスターも漫画を読んでこの本を読んだということだったので(「好きなものをなんでも食べてたら」:note)、僕も読んでみました。

Amazonのレビューに書いてあった通りなのですが、前半というか、最初の3分の1くらいは糖質制限自体について書かれていて、著者がどのように糖質制限を始めたのか、そしてどのような効果があったのか、そしてそれを見て糖質制限を始めた身近な人たちの反応や効果、更にそれをブログで公開していたので(「新しい創傷治療」)そこに書かれた糖質体験者のコメントなどが記載されています。

そこには、僕が昨日書いたように(「糖質制限の予想外の効果」)、体重が減ったということだけでなく、花粉症の症状が改善した、糖尿病の症状が改善した、さらに日中眠くなくなり集中力が出たというようなことが書かれていました。

僕としてはそこに書かれる「効果」の中には半信半疑のものもありましたが、実際に始めつつ読んだので、自分には一定の効果があり、そこに書かれていることは本当だったんだなと思いました。

でも、これもレビューに書いてあったことですが、残りの3分の2は、何故糖質が人間にとって必要がないか、ということを人類史、はたまた生物史を地球誕生のころから解き明かそうというもので、僕が全くの門外漢ということが大いに影響しているのでしょうが、かなり退屈に感じてしまいました。
著者としては、最初の3分の1の部分を理論的に解き明かそうということなのかもしれませんが、専門的知識や仮説を知るよりも、もっとシンプルに糖質制限の方法、効果、そしてそれを実践する上で、「納得」出来る考え方があれば良いので、読むのが疲れてしまいました。

なので、糖質制限をこれから始めてみようかな、という方がいたら、この本の最初の3分の1を読み、あとの実践例はブログなど探してみればいくつでもあるのでそれらを参考にしてみると良いかな、と思います。
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2017.03.15 Wed l 月間読書レポート l top
最近読んで面白い(という表現をして良いのか分からないのですが)と思った漫画があります。


ペリリュー ─楽園のゲルニカ─ 1 (ヤングアニマルコミックス)


なんだか観たことがある画だなぁ、と思ったら、以前読んで面白かったこの本の作者でした↓


さよならタマちゃん (イブニングコミックス)


『さよならタマちゃん』についても書いた事があったと思ったのですが、探しても出てこなかったので、少し紹介すると、精巣に病気が見つかり、手術をする話です。
体験、とくに闘病記は色んな作品がありますが、どれも惹きつけられるのですが、ほんわかした画で体験が中和されつつも、壮絶な出来事だったことを感じさせ、そのバランスがとても良く出来ている作品でした。

そんな著者の今連載中の作品は、一昨年、天皇皇后両陛下が訪問したパラオ、ペリリューでの戦闘を描いた作品です。
僕個人としては南国の戦闘に関してはまず第一に沖縄戦、そして少しだけフィリピンでの戦闘のことを知っていましたが、ペリリューでのことは全く知りませんでした。

歴史を知る、ということ自体ですごく貴重だと思わされるとともに、救いようのない戦争がここでも描かれています。
たとえばこのシーンとか↓

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こういうシーンをさらっと読ませるのは、この絵柄があってこそだと思います。
『はだしのゲン』なども名作ですが、どうしても迫ってくるものがありすぎて避けてしまったりする人がかなりいますが、この絵柄だと描かれている内容はすごいのですが、そこに描かれているものを受け止めることが出来ます。

まだ連載中の作品なので、この後どのような展開(といっても過去の出来事なのである程度の展開は予想できますが)があるのか分かりませんが、歴史を学ぶ上でも今後が楽しみな作品です。
2017.03.09 Thu l 月間読書レポート l top
以前紹介したことのある本の続編が出ていて(「4月に読んだ本」)、前作がとても面白かったので、続編も早速読んでみました。


さよなら、カルト村。


「カルト村」とあるのは、ヤマギシ会のことで、ヤマギシ会という名称が本文に出てくることは無いのですが、それでもヤマギシ会だということが分かります。
作者の高田かやさんは、年齢は多分僕より少し上で、両親がヤマギシ会だったので、子どもである高田さんとその妹もヤマギシ会で暮らしていたようです。

前作は小学生になるくらいまでの話でしたが、今回は中学生、高校生(実際には高校には行っておらず、そういう年代という意味)、そして「一般」(「一般社会」の意味)と呼ぶヤマギシ会を離れるまでの出来事が描かれています。
前作を読んでいればより分かり易くなるとは思いますが、丁寧に描かれているので、今作だけを読んでも良くわかるようになっています。

所々、高田さんのパートナーであるふさおさんが登場し、「それって○○ってこと?」と質問し、それに高田さんが答えるというところもあり、ヤマギシ会という宗教組織や、高田さん自身へ客観的視点を持ち込めているように思います。

高田さん自身がそもそも生まれがヤマギシ会で、離れて大分経っているようですが、嫌悪感のようなものを持っている訳でもなさそうなのが、良いなと思います。
もちろん、そこでの生活が「普通ではない」ということもパートナーのふさおさんの言葉から分かるのですが、それでも「そういうものだったから」という感じで嫌悪する訳でも、忌避する訳でもなく、「過去の出来事」として消化出来ているように感じました。

まぁ、それでもこういう場面↓を見るとなかなか受け入れられない人も多いような気がしますが、母体が宗教であったり、日本での一般的な生活スタイルとは異なっていても、「大人が子どもをコントロールしようとする」ということは、色んな形で行われているわけで、ここで描かれるやり方に嫌悪感を持つ人は、是非、自分たち大人が子どもをどのようにコントロールしようとしているかについて少し関心を持ってみてもらいたいな、と思います。

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あとは、サリン事件のことが描かれていて、さらっと流されてしまっているように僕は感じましたが、あの事件で各地の宗教団体が差別的な扱いを受けたり、ヤマギシ会も関連が疑われるということもあり、それが大きな影響を与えていたようです。
僕は地下鉄サリン事件の時が小学生だったので、リアルタイムで他の宗教へどのようなことがあったのか、肌感覚で知っているわけではないものの、あの出来事は大きな影響があったことは小学生でも分かりました。
その時高田さんたちにどのようなことが起きたのか、どのようなことを考えたのか、その後に村を出たとき関連して何か言われなかったかなど、もう少し知りたいな、と思いました。
2017.03.05 Sun l 月間読書レポート l top
先日、Amazonでおすすめ商品としてこの本が表示されました↓


うつヌケ うつトンネルを抜けた人たち(角川書店単行本)


作者の田中圭一さんのことは、以前noteで作品を読んだことがあったので知っていて、その時も「うつ」の話でした。

はぁとふる売国奴 | note

noteで読んだ時も面白いというか興味が湧いたのですが、この本はそれを本にまとめたもののようで、レビューを読んでみると多くの人が評価していたので、うつ経験者というか、去年からかなりうつがぶり返している感じがあるので、読んでみることにしました。

内容は、タイトルに「うつヌケ」とあるように、うつの経験があり、そしてそのうつのトンネルから抜けたことのある人たちが、1人1エピソードで書かれています。
そもそもうつ病の診断がついていない人もいますが(病院に受診しない人が数百万人規模でいるという調査結果もあります)、それもうつを巡る日本の現状を考えると、うつにも様々なものがある、ということを分かり易く提示しているように思いました。

この場面↓でうつの特徴がうまくまとめられていますが、うつ経験者にとってはすごく共感出来ることでうなずけることでも、実は経験者じゃなかったり、当事者が周囲にいない人にとっては知らないことなのかもしれないので、こういうことが多くの人に知られると良いな、と思いました。

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少し物足りないな、と思ったのは、1人のエピソードが短いので、どうしてもうつになったきっかけから、うつになっている間の過ごし方、そしてそこからどのように抜けたか、といことを丹念に描くと言うよりは、うつをどうやって抜けたかに焦点が当たっていて、それ以外の部分が短く感じることです。
うつ当事者としては、抜けた時のエピソードというのは本当にものすごく重要なことなのですが、それでも知りたいのが、うつになっていた時にどうやって過ごしていたのかということ。


特に、僕の場合で言えば、無理解で余計に苦しめてくる人たちもいましたが、その人たちがいたから存在がかすんでいた、身近な人が実は結構無理解だということ。
うつの一番ひどい状況からは脱したものの、結局今もうつを完全に脱して切れていない(と僕が考えている)のは、今の環境がやはりまだ良くないから。
そういう人たちとは関わらずに済ませられれば良いのですが、そう出来ない現状があり、なので、うつからも完全に脱することは出来ません。
そういう状態にいると、うつにさまよっている間の他の人の経験というのがすごく知りたくなるのでした。

また、うつのヌケ方についても僕の実感と違いはありませんでした。
ここに↓描かれているように、「小さな達成感」や「必要とされているという実感」が本当に重要だなと僕自身も思います。

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でも、自分のことを考えてみれば、達成感や必要とされているという実感はまるでありません(散々書いていますが、ツレの第一声はいつも否定から入り、家事育児をいくらしても感謝の言葉もなく、何かを要求して来ることはあっても僕からの要求に応じることはほとんどない)。
去年から始めた山登りは「小さな達成感」ということを自分の中で言語化したり、明確な考えがあって始めたものではなかったのですが、少しでも「小さな達成感」を感じるようと僕自身の身体が求めていたのではないか、と今になって思います。
それでも、うつをぶりかえした中で、少しでも悪い方向に向かわないようにと始めたことなので、快方に向かっているわけではありません。
最近も希死念慮が強く、病院に行った方が良いんだろうなぁ、と思いつつも、どうせ何をしてもツレはネガティブな反応をするので(たとえば病院に行くと「金がかかった!」とか?)、逃げ出すことも現実的に出来ないし、もういっそのことさっさと死にたいなぁ、と思うのですが、自死まで踏み切る勇気もなく、なるべく早くゆるやかに死んでいきたいな、と思って過ごしています。

って、なんだか自分のことをつらつら書いてしまいましたが、コミックエッセイということで読みやすいことはもちろん、脳が寒天で覆われる感じなど、経験者だからこそよく分かる表現などもあり、うつ未経験者の方にもおすすめです。
2017.03.04 Sat l 月間読書レポート l top
先日、知人(大学院生)が自身の歩みを振り返りつつ、原点となった本としてこの本を紹介していました↓


学校って何だろう―教育の社会学入門 (ちくま文庫)


苅谷剛彦さんの本は読んだことがあったような気はするものの、この本は読んだことがありませんでした。
また、この本を紹介していた知人自体が学校がなじめなかったことなどを書いていて、その体験の方に強く惹きつけられたのですが、興味が沸き、読んでみました。

あとがきを読んで知ったのですが、苅谷剛彦さんがまだ東大の教員だったときに、「毎日中学生新聞」(今は休刊)で連載していたものをまとめたとのことです。

連載自体が今から20年くらい前で、僕が読んだ文庫版自体も10年以上経っているので、統計などの情報は古いのですが、「学校」というところがどのような目的をもっているのか、どのような場所なのか、ということは、そこで教えられている内容や形式に変化はあれど、特に変わっていないので、古びること無く読むことが出来ました。

ここに書かれている内容を自分が中学生の時に読みたかったな、というのが正直な感想です。
それによって学校に対しての思いとか過ごし方が変わったかどうかは分かりませんが、それでも、学校での教師の振るまいを少しは理解出来たのかもしれないし、自分だけが過ごしにくいと感じていた学校での人間関係も相対化して見ることが出来たかも知れません。

それに、学校って、やっぱり僕はこの年齢になってもすごく苦手なのですが(建物としても、組織としても、その中で行われていることも)、苦手でも、何故学校があるのか、今の仕組みになっているのか、ということを理解することによって、少しはその苦手意識も軽減したような気がします。

読むのが遅すぎたのか、やっぱり、この本で書かれているような「学校」は今も苦手ですが。
その代わり(?)、この形にとらわれない学校の形もやはり可能なのかも、という気持ちも持ちました。
だからといって、この形にとらわれない学校を自分でやれるか、というとそれはまた大きな違いが出て来ますが。
2017.03.02 Thu l 月間読書レポート l top
一旦読み始めたまま放置していた本をふと読み返してみました。


夜空の下で(集英社文庫)


益田ミリさんが漫画を、宇宙に関するコラムを薩摩川内市せんだい宇宙館職員の安藤和真さんが書き、それぞれが交互に掲載されています。
満点の星空を「綺麗だな」とは思うものの、そこまで宇宙に興味関心がないのですが、この本を読んでいたら、なんとなくロケットの発射を見に行きたくなりました。

益田さんの漫画の中で一番心に残ったのがこれでした↓

夜空の下で0001


特にこの中のこの言葉が今もずっと心に残っています。

いつだって
逃げる時は
振り返らなくていいの



逃げたはずなのに、僕はずっと振り返ってばっかりだったかな、と。
これからは振り返るのをやめよう、今度逃げる時は振り返らないようにしよう、と。


他にも宇宙に関してのコラムを読むといかに今のこの瞬間があっという間なのか、その中での出会いが奇跡的なものなのか、ということがじんわりと分かります。
でも、こういうことを分かっても結局自分自身の生きる気力が沸いてくるわけでもないのですが、とりえあずロケット打ち上げは死ぬ前に行って見たいな、と思いました。
2017.02.28 Tue l 月間読書レポート l top
以前から持っていたのに置きっ放しにしていた本を読みました。


路上のうた ホームレス川柳


路上生活(いわゆる「ホームレス」生活)を送る人たちが販売員となっている「THE BIG ISSUE」。

ビッグイシュー日本版|BIGISSUE JAPAN

販売員の生活をささやかながら支えるという事もありますが、内容が面白いので、販売員の方を見つけるとよく買って読んでいます。
その販売員の中で川柳を創っている方々がおり、その作品をまとめたものがこの本です。
僕は販売員の方から直接買いましたが、Amazonでも売られていました。

日々の生活の中から出てくる川柳なので、路上生活が反映された作品になっています。
僕が良いな、というか興味を持ったのはたとえばこれらの作品です。

盆が来る 俺は実家で 仏様

寒い夜 マッチで焚き火 怒られる

駄洒落でも クルシミマスと 言えぬ今

クリスマス 風邪をひいたら クスリマス

ご来光 拝む前から 缶集め

見てしまう 故郷(ふるさと)行きの 高速バス



故郷の家族・親戚には自分はもう死んだものとなっているだろうな、ということや、クリスマスで世間が賑やかな中、寒さに耐えている様子、捨てきれぬ故郷への思いなど、つらさを感じられるもの、それでも川柳に、言葉にすることでユーモアを感じます。
ユーモアを込めることでつらくても生きぬこうという力だったり、しぶとさが現れているような。

あとがきは、作家の星野智幸さんが書かれていました。
星野さんがいくつかの川柳を引用しつつ、このように書いていました。

枕元 門松がわり 靴を置く
雨上がり 我が寝床から 虹が立つ
これらは想像力の勝利だ。正月の路上の寝床が、たちまち門松の並ぶお屋敷となる。路上のねぐらにとって、寝ている最中に降る雨は悩みの一つだが、それを幻想的な光景に変えてしまう。



ユーモアだけでなく、想像力によって困難な状況を生きぬくという勝利。
筋肉質な力強さというよりも、ひらりと柔軟に生きぬいていく力強さを感じる、とても良い本でした。
2017.02.17 Fri l 月間読書レポート l top
昨日、諦めるとか悟るとか書いて、そういえばこんな漫画があったなと思い出しました。


悟りパパ 1 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)


元々インターネット上で公開されているもので、それを単行本にまとめた作品です。

悟りパパ(となりのヤングジャンプ)

「悟り」、ということで思い出しましたが、この作品の主人公である悟りパパは「専業主夫」でした。
妻が会社勤めで、ある日悟りを開いたパパが家事・育児を担い、一人息子で小学一年生の梵(ぼん)さんとの日常が描かれています。

悟りを開いているために物欲がなく、買い物に行っても「私は何もいりません」と何も買わない。
それだと、さすがに家族が困ってしまうこともあり(着ているものが古くなってきたとか)、家族が知恵を絞ってプレゼントを悟りパパに受け取ってもらったり。
ほのぼのとした日常ですが、その中に悟りパパが仏の教えを入れてくれます。

まぁ、漫画ですし、楽しんで読めば良いのですが、ちょっとだけ突っ込みを入れると
「会社は解脱できても、家族は解脱できませんから」
という発言があって、それを前提にこの物語があるのですが、本当に悟ったら家族も解脱出来るはずじゃ?と。

それを言ってしまうとさすがに物語の前提が崩れてしまいますし、それよりも、悟ったはずのパパが梵さんの願いで「第二子」を授かろうとするのか、そして実際に授かるのか、という点で、今後の話を楽しみにしています。
2017.02.13 Mon l 主夫の本など l top
前の月に読んだ本をまとめて書いていましたが、そうするとどうしても1回に書く量が多くなってしまって面倒になってしまうので、たまには一冊ずつでも書いていこうと思います。


せいのめざめ


著者の益田ミリさんは僕が好きな作家で、映画にもなった『すーちゃん』はもちろん、『週末、森で』や、なんだか評価がすごく二分されている『47都道府県女ひとりで行ってみよう』も僕は楽しんで読みました。

そして、もう1人の著者の武田砂鉄さんは、本を読んだことはないのですがcakesでの連載を毎週欠かさず読んでいたり、いつも聞いている荻上チキさんのラジオ番組Session-22に荻上さんの代役で出ている時の話に共感することが多い方です。

ということで、タイトルと内容を全く気にすることなく、新刊予告みたいなものが来たときに迷わずに予約し、早速読んでみました。
(ちなみに今は単行本しかありませんが、2月17日にはKindle版も出るようです。)

内容は、「せい=性」の「めざめ=目覚め」とあるように、益田さん、武田さんがそれぞれ、中学生や高校生の時に性に関して考えていたことや体験したことが書かれています。
「めざめ」ですので、性体験について書かれていることもなく、安心して(?)読めるというか、特に武田さんは僕と割と近い年代なので、今ではスマホなどで簡単に性に関する情報や画像、動画を検索して手に入れることが出来ますが、そうではなかった時代のことが書かれていて、懐かしい思いで読みました。

また、武田さんの書くコラムや新聞での書評が好きになったあとで、僕の職場の卒業生ということも知りました。
この本では中学や高校での体験に基づいて書かれているので、すごく具体的にその光景を思い浮かべることも出来、それもとても面白く読むことが出来ました。

逆に言うと、一般的には、ちょっと読者層を想定しづらい本かな、とも思います。
せいのめざめの時期にある今の子たちには、懐かしくもなんともないでしょうし、かつての人が知ることが出来なかったので(情報源も少なかったので)妄想していた内容も、今ではすぐに検索して知ることが出来ます。

「懐かしい」という思い出に浸るには良いのかも知れませんが、それ以上の出来事もなく、僕のように、単に著者が書いたものが好きということでなければ、あまり面白く感じられないのかな、と思います。
まぁ、それはやはり個人的な出来事が書かれているからで、個人的な出来事を提示されても、それを興味を持って受け止めるのは、同じような体験をした人と、その人個人に興味を持っている人に限られてしまうからですね。
2017.02.10 Fri l 月間読書レポート l top
2月になったので、先月読んだ本について書いていきます。
ちなみに最近は、Kindleで読める本はKindleで買うことが多くなってきました。
理由としては、①Kindleの方が安い(ことが多い)、②すぐに読み始められるからです。
ということで、Kindle版の方が安い場合は、Kindleで買って読むようになりました。

さて、まず最初はこちら。


九十歳。何がめでたい


佐藤愛子さんの文章自体読んだのは初めてだったのですが、今すごく売れているということで広告をよく目にしていました。
そんな中、Kindle版でかなり安くなっていたので、読んでみました。

元々は女性誌に連載していたエッセイだそうで、生きてきた時代が違うので、物事の捉え方は違うところもあるものの、面白く読めました。
出来事への考え方が違うなとは思うものの、それは決して反発を抱くようなものでもありませんでした。
例えば、自転車が怖い、というような話。
これは、考え方の違いを表すものではありませんが、最近の自転車は音がしないので、すっと後ろから出て来て怖いという指摘。
自動車が静かになってきたことは自覚していましたが、確かに自転車も静かになってきていて、特に音が聞こえづらくなってきている年齢の人たちには、僕も気をつけないといけないな、と思いました。

もし、不満があるとしたら、いわゆる「高齢者」の意見なので、今高齢の人の方が多くなってきていて、その人たちによって割と迷惑している出来事もある、ということ。(集団で歩くときに、周りに歩いている人を気にしないとか。)

そういう点にも自覚的であって欲しいといのは、その世代ではない者の勝手な意見なのでしょうが、高齢ではない人たちに意見を述べるのならば、その人たちからの意見にも少しは耳を傾けて欲しいな、と思ってしまいます。

でも、根本的には、人への優しさがあるように感じました。


倚りかからず (ちくま文庫)


何で紹介されていたのか忘れてしまいましたが、詩集です。
詩集なので、ささっと読めるのですが、やはり一番心に残った作品はタイトルにもなっている「倚りかからず」。
これだけでも、みんなに読んでもらいたいな、と思う作品でした。
他には、その時代を表す作品もあって、今だったら、こんな出来事はネット上で炎上するんだろうな、ということに触れた作品があって、時代の変化というか、なぜこんな出来事に多くの人が集中砲火を浴びせるようになってしまったのだろうか、と物思いに耽ってしまいました。


死にカタログ(だいわ文庫)


新聞書評欄で文庫になった本のところに載っていて、面白そうだったので読んでみました。
著者がデザインやイラストの仕事をしているので、死という概念を視覚的に捉えようとしていてとても面白く読めました。
内容的には、著者が書いているように、エリザベス・キュブラー・ロスの『死ぬ瞬間』に依拠するところが大きいのでしょうが、視覚的に捉えるというのは、今までとは違った角度から死を捉えられるように感じました。


お金の教養 (だいわ文庫)


知人が、「子どもにお金をどう教えるかを考えている中で読んだ本」ということで紹介していたので、読んでみました。
とても分かりやすく、読みやすい(文字数も少ない)のでさくっと読めるようになっています。
お金について考える入門書としてとても良い本だと思います。
今では、中高生向けにお金の授業が取り組まれているところもありますが、僕らはお金について学ぶ機会もなく、親も基本的に「お金のことは子どもが話すことではない」というような姿勢でした。
なので、僕は全くお金について考えたことがなかったといって良い。
収入をどのように扱うか、資産を増やす方法、チェックの方法など、具体的な取り組みが示されるだけでなく、最終的に自分だけでなく、他者の生活の向上にも目を向け、寄付ということについて書かれていることにも好印象でした。


ソープランドでボーイをしていました


Kindleでやたらレビューの評価が高く、200円とかだったので、読んでみました。
著者は、小説にしたかったようですが、実話です。
文章はこなれているとは言えませんが(小説にはしづらい)、読みやすいものでした。
「ソープランド」という場が舞台になっていますが、いわゆるエロの話は一切無く、何故ソープランドで働くことになったのか(震災の影響)、働いていたときの仕事内容や人間関係、ソープランドをやめることになった時の出来事などが書かれています。

さくっと読めるので、「知らなかった世界」を知る、という意味では面白かったのですが、話すことが許されていないソープランドで働く女性について殆ど触れられないのは仕方がないにしても、ボーイたちが一緒に寝食を共にしているにも関わらず、どのような過程を得て今この仕事をしているのかよく分からないというのは、事実であっても、物足りなさを感じました。
また、例え高級店(合計8万円以上するそうです)でも、いろんなお客が来るはずで、描かれている人間関係が基本的にボーイたちで、客について書かれていないので、その点も物足りなさを感じました。

すごく礼儀の正しい客もいれば、横柄な態度の客もいるはずで、それらの客についても書いて欲しかったな、と。
客に関しては、いわゆる「障がい者」について触れられていたのですが、風俗店が障がい者の福祉的一面があることが分かるのですが、障がい者だから著者の心に残ったのでしょうが、障がい者ではない他の客についても書いて欲しかった、と思います。
2017.02.02 Thu l 月間読書レポート l top