先日、ちょっとした用事があり、ムスコたちが通う小学校に次男を迎えに行きました。

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ムスコたちが通う小学校の玄関脇には保健室があり、次男のクラスはその時間たまたま校庭での観察学習だったようで、養護の先生も近くに出て来ていました。

次男がクラスに戻り、ランドセルを取りに行っている間、養護の先生と少しお話しました。

その先生は、公立小学校なのですが、この小学校での勤務が10年以上になっていて、昨年度末で定年退職だったのですが、今年度も再任用ということで勤務されている方です。

継続して勤務しているということで、長男は5年目、次男は3年目にはなるものの、話していると本当によく観て下さっているな、と話の端々に感じられました。

僕自身のちょっと長かった学生生活などの経験から、こういう、直接関わる機会はそこまで多くないけれどちゃんと観てくれている人、というのは、学校生活を送る上でとても重要だと感じています。

今年度から再任用ですし、来年度もいらっしゃるかどうかは分かりませんが、とりあえず今年はこの養護の先生もいらっしゃることだし、ムスコたちの小学校生活も安心できそうだな、と感じました。
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2017.04.23 Sun l 日々雑感 l top
大分前の話になりますが、掃除機を買い換えました。

結婚し、ツレと2人で暮らしはじめる時にダイソンの掃除機を買い、それを10年来使っていました。
色は違いますが、使っていたのはこれです↓

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DC12 - Dyson | ダイソン


音は結構うるさかったものの、不満があるとしたらそのくらいで、他には何にも不満なく使っていました。
じゃあ、何故買い換えることになったのかというと、ある日突然電源が入らなくなってしまったからです。
修理して使い続けようと思ったものの、10年以上経っているということで、修理代だけで3万円くらいかかると言われてしまい、やむなく買い換えることにしました。

ダイソンの掃除機が気に入っていたので、またダイソンで買い換えることも考えたのですが、結果的には、ダイソンの掃除機の修理代と言われた金額よりもかなり安く、レビューの評価がすごく良かったこれにしました↓


シャープ 掃除機 サイクロン ベージュ EC-CT12-C


今まで使っていたダイソンの掃除機のように10年使えるか分かりませんが、ダイソンの掃除機のように「何の前触れもなく突然電源が入らなくなる」ということが起きてもこの金額ならまぁ諦められるかな、と思ったのもこの掃除機にした理由です。

使用感ですが、これもレビューに書いてあった通りなのですが、ヘッドの小回りがあまり効かないという点がありますが、それが気になったのも最初だけで、使い続けていたら気にならなくなりました。

あとは、我が家は掃除機をクローゼットにしまっているのですが、その際、ホースの長くて固い部分がちょっと邪魔になります。
立てかけて収納できるスペースが出来れば関係がないのですけれども。

とりあえず、掃除機を買い換えるかかなり悩み、最終的に買うことに決めた掃除機がダイソンに遜色なく使えているので、本当に嬉しいです。
2017.04.18 Tue l 日々雑感 l top
最近、コミュニケーション不全でストレスを抱えるようになりました。

「言った」「言われてない」ということも大きな問題ですが、それは紙に残したり、メールやLINEにして「残す」ことで「言った」「言われていない」という記憶違いは防ぐことが出来ます。
そのような「残す」こともしないで「言った」と主張する人がいること自体も大きなストレスなのですが、より深刻だなと僕が感じていることが、言ったかどうか、よりも「相談したか」ということです。


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日々生活していると何かを「決定」していかなければなりません。
食事のメニューや買い物をどこでするのか、という家事に関すること、仕事などで外出する際には、どのような経路で行くのかということも決定していっています。

何故、食事のメニューを決定するのかといえば、食事を用意するのが【自分】であり、買い物をどこでするのかを決定するのは、買い物をするのが【自分】だからです。
自分自身のこと、つまり当事者であるから、決定するのです。
逆に言えば、その「決定」にかかわっていなければ、当事者ではない、ということになります。

食事のメニューの決定にかかわっていないということは、その食事を作ったり食べたりするのは自分ではなく、買い物をどこでするのか決定しないということは、自分で買い物に行かないからです。
買い物に「付いていく」ことはあるかもしれませんが、それは「付いていく」というだけで、主体性はなく当事者ではありません。


この何かを「決定」する際に、その「決定」にかかわったかどうかが、その人が「当事者」かどうか、「当事者性」を持つことが出来るかどうかに大きくかかわってきます。
他人が決定したものを知っただけでは、とても当事者であると認識したり、当事者性を持つことは出来ません。

じゃあ、誰かにも当事者であると認識してもらいたい、当事者性を持ってもらいたい、と思ったらどうすればいいのか。
それは、決定を下す際に、かかわってもらうことです。

決定を下す前に「相談」し、意見を聞く。
そうすればその意見を聞かれた人は自分の意見が反映された結果での「決定」に当事者として認識することが出来るでしょう。

逆に、既に何かしらの決定をしたものを、報告しただけでは、その話を聞いた人は意見を言う場もなく、意見を求められてもいないので、その「決定」に当事者としての認識を持つことは出来ないでしょう。

一応広辞苑で調べてみると以下のように書いてありました。

【相談】
互いに意見を出して話しあうこと。談合。また、他人に意見を求めること。

【報告】
しらせつげること。報知。
②ある任務を与えられたものが、その遂行の情況・結果について述べること。また、その内容。


何かを「決定」する際に、僕は常々「相談されていないことにはかかわることは出来ない(かかわりたくない)」と思っていて、それを伝えるようにしています。
それは、何故かと言えば、当事者としての意識を持つことが出来ないからです。

でも、相手は「相談した」と言ってくることがあるのですが、それは【相談】と【報告】ということの違いをその人が分かっていないということがようやく僕も気づいてきました。
僕に「意見を求め」ていないにもかかわらず、それを【相談】と相手は認識し、「意見を求め」られていないので、僕はそれを【報告】と認識する。

【報告】された僕としては、その決定にかかわっていると認識することは出来ず、当事者として認識することは出来ません。
でも、相手は【相談】したと思っているから、僕に当事者としての行動を求めてくる。
このズレに僕としては大きなストレスを感じることになります。


殆どの人にとって【相談】と【報告】が全く違うことだということは当然のことかもしれませんが(そうであって欲しい)、この【相談】と【報告】の違いが分かっていない人によって最近ストレスを感じることが多々あったので、改めて書いてみました。
2017.04.15 Sat l 日々雑感 l top
先日、ブロガーのイケダハヤトさんがこんな記事を投稿していました。

「整理整頓が苦手だから、部屋が汚い」という勘違い。片付けられない人の特徴と改善策。(まだ東京で消耗してるの?)

イケダさんはイケダさんの「妻の顔を想像しながら」書いたとのことですが、ここに書いてあるのはまさに我が家のツレのことだと感じました。

イケダさんは片付けられない人の特徴として以下の点を挙げています。
1. 「整理」しようとしている。
2. 捨てられない。
3. アンタッチャブルゾーンが生まれていく。
4. 同じ用途のものが部屋中に散らばっている。
5. 「無料でもらったもの」を後生大事にしすぎ。
6. 「スペースを生み出す」発想がない。
7. 「モノが減れば、迷う機会が減るのでラクになる」という発想がない。

太字にしたところは、うちのツレにぴったりはまる特徴だな、と思ったところなのですが、殆どイケダさんの挙げている「片付けられない人の特徴」と一致していました。


以前、自分の強みを明らかにしてくれる「ストレングスファインダー」をやってみたところ、僕自身の5つの強みの1つが「収集性」でした。
振り返ってみても、本や漫画というモノだけでなく、情報や知識なども「収集」する癖があり、ストレングスファインダーをやったあとに、「他の人は僕の様には収集しないのか」、と初めて気づきました。
その時、ツレもこのストレングスファインダーをやっていたのですが、ツレの5つの強みには「収集性」はありませんでした。

でも、我が家にあるモノの量は明らかにツレが多くなっています。
僕は本や漫画というモノが大量にあったので、それらは自炊することで、モノとしての本は7~8割くらい捨てましたし、最近はこんなに服があっても着る機会もないし、1年間着なかったものは今後も着ないだろうということで捨てていき、大分減りました。
自分の持っているモノで一番多いのが書籍類で、次が洋服だったので、この2つを減らしたことで僕自身の荷物は大分減りました。


が、ツレの荷物は相変わらず多いまま。
ツレがあまり家にいない生活をしているということも大きいとは思うのですが、ツレの荷物は増えることはあっても減ることはありません。
イケダさんも指摘しているように、僕たちは「生きているだけでモノが増えていく」生活をしています。
なので、捨てなければ一方的に増えていってしまうのですが、ツレは捨てる、ということを殆どしません。
これもイケダさんが指摘しているように、「無料でもらったものも大事にする」ので、普段家事のほぼ全てを担っている僕が絶対に使わないスポンジだとか、洗剤だとか、あるいはビニール袋や紙袋を、色んなところに置いていて、それを見つけていらないと思ったものを僕が捨てると、わざわざそれをゴミ袋から拾って違う場所に移したりするのです。

無料で配布されるようなモノ自体、僕はあまりもらわないようにしているのですが(今までの経験でポケットティッシュとビニール袋以外で便利あるいは日常的に使用するものはない)、何故か大事にし、その結果どんどんどんどん家にモノが増えていくのです。

子どもたちが成長した際に1人で東京を離れて生活したい、という希望は、他人と共同生活を送っているということにあまりにも無自覚な人と生活を共にすることが困難だと感じていることも大きな理由だったのですが、この「片付けられない」=捨てられないということでモノがどんどん増えていく、という事態が深刻なことも大きな理由になっています。
2017.04.14 Fri l 日々雑感 l top
今まで全く分かっていなかったのですが、去年から山登りを始めて気づいたのがJRの乗車賃の高さです。

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実家は私鉄沿線で、電車通学をした高校、大学(大学院)と全てその私鉄のみでの移動だったため、JRと比べる機会はありませんでした。
その後も、頻繁に移動することもない、というかJRと私鉄のルートを比べる機会自体が特に無かったのですが、山を登りに行く前に計画を立てるときに電車ルートを検索して初めてJRの乗車賃の高さに気づきました。

例えば先日書いた高水三山の登山口に近い軍畑駅に新宿駅から行こうとするとこんな感じです↓

スクリーンショット (18)


検索に使ったのはこのサイト↓
乗換案内|ジョルダン

安い順番に並べましたが、一番高いのがJRのみの場合になっています。
軍畑駅も新宿駅もJRなので、乗り換え回数も所要時間もJRだけを使って行くルートが回数も時間も一番少ないにもかかわらず、乗車賃が高いのです。

軍畑駅くらいならばまぁ、私鉄を使ってもそこまで大きな乗車賃の差にはなりませんが、移動の距離が伸びれば伸びるほど乗車賃の差が出て来ます。

僕は山登りにふんだんに資金を投入できるわけでもないので、例え少し移動時間が増えても乗り換え回数が増えてもなるべく安く済むルートを選んでいるので、もう少しJRの乗車賃が下がらないかなぁ、と思ったりします。
まぁ、国鉄ではないので安くしてほしい、ということを要求することは無茶なことなのかもしれませんが、他の私鉄と比べてしまうとどうしてもその高さに目がいってしまいます。
2017.03.26 Sun l 日々雑感 l top
毎日食事を作っていると、悩ましいのが何を作るか、ということ。
「今日はこれ作ろう!」と考えて買い物をすることは殆どなく、とりあえず安くなっている食材を買ってから、ネットで検索するということがほぼ毎日のルーティンになっています。

その時に大体調べるのは、Googleで、Googleで食材を入力して検索すると、大体NAVERまとめか、クックパッドのレシピが出て来ます。
NAVERも大体そこに載っているのはクックパッドのレシピなので、何回か検索すると、結局ほぼ同じレシピが表示されます。

定番料理なら検索するまでもないし、と最近、Googleで検索するのも億劫になってきていたのですが、Facebookを使って料理を作るようになりました。

Facebookも最近はなんだか面倒というか、自分のことを投稿する頻度もかなり減っているのですが、Twitterよりもレシピ検索には適しているようで、流れてきたレシピで良さそうなものがあったら保存し、それを思い出して作る、ということを最近はしています。


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Facebookだとレシピを文章だけでなく、動画でも流してくれるので、「美味しそうだな」と思ったらその動画を【保存】し、買い物をする時や、実際に料理をするときにその保存しておいた動画を観ながら作る事が出来るので便利です。

半年くらい前、僕がいつも聞いているポッドキャストでFacebookなどで今後こういうのが流行るということを言っていたのですが、僕自身も実際にFacebookの使い方がすっかり、友人の近況を知る、ということからレシピを知る、ということに一番重心が移ってきたようです。
2017.03.20 Mon l 日々雑感 l top
先日、ツレからブログに書いた内容について文句を言われました。
最初、何を言っているのか全く分からなかったのですが、この投稿についてでした↓

「口を出す前に、体を動かせ」(2017年2月22日)

読んでもらえれば良いのですが、僕が書いたのは、

ある仕事をしている人に、その仕事をしていない人が口を出すのはやめろ。もし、口を出したいのなら、まずはその仕事を自分でやってみてからにしろ。

という内容を書きました。
「口を出す」というのは、アドバイスでも批判でも関係ありません。
本人はアドバイスだと思って伝えたことが、相手には批判だと受け取られることもあるので、そもそも何もしていない人は求められていないのに口を出すのはやめ、まずはその仕事を実際にすることから始めましょう、ということです。

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で、この投稿について、先日ツレから文句を言われたわけですが、上に書いた内容は全く無視し、自分が批判されていることについて「そんなことを書くな」「(ツレにとって)肝心なことが書かれていない」と言ってきました。
(ツレが書かれていないといった内容は、最終的にツレがムスメの習いごとに付き添って行ったこと)

ある仕事をしている人に、その仕事をしていない人が口を出すのはやめろ。もし、口を出したいのなら、まずはその仕事をしてからにしろ。」という内容を伝える上で関係がないことについて、文句を言われたので、元記事を訂正するつもりはないのですが、この出来事で、言葉の伝わらなさを再度痛感しました。

昨日、「ラ・ラ・ランド」で「言葉にして伝えることって大切だと思う」というようなことを書きましたが、言葉にしても伝わらないんだな、と。
実際、上のブログ記事を書いて1ヶ月弱経とうとしていますが、現にツレは(僕が強制的にやるようにさせている)夕食の片付け以外全くやりませんし、むなしさばかりが募ります。
自分が批判されて怒るなら、批判されている内容について検討することが必要だと思うのですが、そういうことは一切考えないようです。

(具体的には、「家事をほぼ全て担っている僕に家事のやり方について口出しする前に、少しは自分も家事をしろ」という批判について。
まぁ、実際にこれだけ言っても家事を全くやろうとしないので、もはや自分は家事などしなくて良い存在だと全肯定しているのかも知れませんが。
というか、一緒に暮らすようになって11年経つので、もはや家事など自分のやることではない、ということなのでしょうし、そういう意味でも僕がこのブログで「ツレが家事を全くしない問題」について言葉にしても無意味だということになります。
そういう意味でも言葉が通じないことを痛感し、絶望的な気持ちになっています。)

ちなみに、この記事についてもう一つ言われたのが、最後に書いた「子どもたちが大きくなった時にはツレとは別に生きていこうという決意が強固になりました。」という文章についてです。
「こういうことを書くな」、と。
「家事を殆ど何もしないのに口を出してきて、もはや一緒に生活することに嫌気がさしている」ということなのですが、それも伝わらなかったようです。
結婚してからのこの11年、ずっと言い続けている「自分のことなのだからもっと家事をしろ」ということを無視し続けるだけでなく、結婚当初の家事分担の約束を反故にしているにも関わらず、その自分の行動は一切顧みることなく、僕に文句を言ってくる。
やはり、言葉にしても伝わらないんだな、と。

言葉にしても伝わらないので、このブログを続けるかどうか、また悩み始めました。
でも、この場で言葉にしないと、普段の生活でも殆ど喋ることもなく、言語化することがなくなってしまうので、言語化するという時にどういう方法が良いのか、しばし模索してみたいと思います。
2017.03.18 Sat l 日々雑感 l top
先日3月8日は国際女性デーでした。

国際女性デー | UN Women – 日本事務所

僕は朝日新聞を実家でも実家を出てからも購読しているのですが、この国際女性デーに合わせて特集を組んでいました。

国際女性デー特集「Dear Girls」:朝日新聞デジタル

朝日新聞系列と言って良いのか分かりませんが、この国際女性デーに合わせているのか分かりませんが、ハフィントンポストも女性性、特に身体についてオープンに語ろうという特集を組んでいます。

Ladies Be Open - ハフィントンポスト

こういう社会の流れの中、最近気になるのがムスメ(保育園児・年中)の言動です。
長男&次男では気になることは小学生になった今でもほぼないのですが、ムスメは「オトコなのに~」とか、「オンナだから~」とかいう言葉を良く使うのです。

そのたびに、僕は駒崎さんのように(「女の子を拘束する「呪い」、親が解かねば」)「オトコとかオンナとか、そういうことで決まることはない」と伝えています。

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こういうことを書くと必ず、男と女は体つきも全く違う、だから同じな訳がない、両者に差があるのは当たり前だ、という意見が来ます。
確かに、男性の身体を持った人は(現時点では)妊娠できませんし、出産も出来ません。
そして女性の身体を持った人の殆どは大人になってから毎日髭の手入れをする必要もありません。

でも、それが何か「出来る事と出来ない事」を区別することにはつながらないと僕は思います。
先天的に目が見えない人がいて、その人に目が見えないから、大学に行かなくて良いとか、目が見える人より給料が7割くらいで良いとか、結婚したら家事育児を専念すべきだとか、そういうことを言ったり、それが当たり前のこととして行われて良いでしょうか。
それは、性による身体のつくりの違いではなく、単に性別により与えられた役割でしかありません。


ちょっと横道に話が逸れてしまいましたが、ムスメがどこから「オトコ」とか「オンナ」とかそういう考え方を仕入れてくるのかな、と思っていたのですが(というかほぼ保育園だと予想していたのですが)、ムスメを保育園に送っていったときに他の女の子とこんなやりとりがありました。

そろそろ年長になるムスメは毎日ハンカチを持って行っています。
忘れたときの予備のハンカチがなくなっていたので、複数枚持っていきました。
僕がムスメのリュックからハンカチを出し、ムスメの引き出し(各園児に引き出しがあり、そこに予備の洋服などを入れておきます)にハンカチを入れようとしたら、近くにいた女の子が言いました。

「それオトコの子のだよ?なんで○○ちゃん、それなの?」と。

複数持っていったハンカチのうち1枚は、ムスメがお気に入りの(ムスメの兄である次男が使っていた)仮面ライダーのハンカチでした。
ムスメはそのハンカチをとても気に入っていて、僕はムスメが気に入っているのを知っていたので「予備にしなくても良いんじゃない?」と前日に聞いたのですが、予備でも持っていきたいということで持っていったのでした。

そして、そのハンカチは仮面ライダーでした。
その仮面ライダーのハンカチを見て、近くにいた同じクラスの女の子は「オトコの子のだよ」と言ったのでした。

あぁ、こういう小さなことが積み重なって行くんだな、と分かりました。
面と向かって「お前オンナのくせに」とか「オトコなのに」という子どもたちはいません。
でも、「それってオトコの子っぽくない?」とか、そういう少し柔らかい表現で、ケンカにもならないように小さな出来事が少しずつ蓄積されていくのだろうな、と。


以前、大学生達に話に言ったときに質問されたのが、「オトコとして家族を養わなければいけないとか考えませんか?」というものがありました。
僕にはその感覚が分かりません。
ある意味無責任とか、冷たいと言われる感覚なのかも知れませんが、基本的に、「自分がどう生きるか」としか考えていません。
自分が生きていくその時に必要なお金を稼ぎ、必要な能力を習得し(たとえば炊事洗濯)、生きていく。
パートナーにもそれを求めているし、もし、パートナーとの間に支援が必要な子どもを授かれば、支援が必要な時期は支援するけれど、支援が必要でなくなれば、その子どもにも当然自分で生きていってもらいます。
だから、僕には「家族を養う」という感覚、考えはまるでありません。

即答しすぎたのかその大学生は戸惑っていたように見えましたが、僕には「オトコ」とか「オンナ」とか本当によく分かりません。
それは、僕自身で習得したというよりも、兄の存在が大きかったと思います。
兄は「オトコだから~」という言葉にものすごく敏感でした。
一度、兄が中学生くらいの時(僕は小学生)父が兄に向かって「オトコなんだから~」と言ったとき、ものすごく反発し、それ以降、父もそういうことを一切言わないようになりました。
だから、「オトコだから~」とか言う言葉を僕が思春期になり、成長していく過程で家で聞くことはありませんでした。


だからこそ、ムスメがそういうことを言うのを聞いてショックを受けていたのですが、これはやはり1つ1つ打ち消していくしかないな、と思っています。
先日もムスメが次男に向かって「オトコなのに」とか言っていたので、あるテレビ番組を見せました。
子どもたちはあまり真剣に見てくれたようには見えませんでしたが、オトコとかオンナとかいうことを考えるにはとても良い、タイムリーな番組に思えました。

LGBTを“当たり前”に 映画監督・荻上直子と語る(ハートネットTV)

早くこの映画も観てみたいな、と思います。

映画『彼らが本気で編むときは、』
2017.03.13 Mon l 日々雑感 l top
先日、山登りに行くために乗っていた電車内で人種差別に出くわしました。
こんなの人種差別じゃない!、という人もいると思いますが、それでもどんなことがあったのか書いてみたいと思います。

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日曜日、神奈川県の丹沢の山に行くために、小田急線の7時台の新宿駅発小田原駅行き急行列車に乗りました。
日曜日の朝の下り列車なので、満席になることなく、座ることが出来ました。
その時、座席の端っこにアフリカ系の男性が座り、僕は1人分空けてその方の隣に座りました。

僕は1時間以上その列車に乗っていて、そのアフリカ系の男性も1時間ほど乗っていました。
その間、通勤なのか、僕のように山登りなのか、それとも他のレジャーなのか分かりませんが、少しずつ乗客が増えてきました。

休日の朝の下り列車でしたが、座る席がなくなり、立っている乗客も出て来たのですが、その間誰もそのアフリカ系男性と僕との間の1人分の席に座ることはありませんでした。
最初は他の席も空いていて、そのアフリカ系男性が少し身長が高い方だったので、狭そうだと判断したのかな、と思いました。

でも、少しずつ気になってきて、停まる駅ごとに乗ってきた客の様子をみていると、そのアフリカ系男性を確認し、そして明らかに避けているようでした。

「座る席なんて自由じゃないか」「座るか立つかも自由じゃないか」と言う人もいるでしょう。
でも、もし、「その男性がアジア系、あるいは白人だったら?」と想像したらどうなるでしょう?

または、その男性の立場に立って考えたときにはどういう気持ちになるでしょう?
僕が1人分空いた席で隣に座っていても、マナーが悪いということは全くありませんでした。
かなり足の長い方でしたが、伸ばすこともなく座っていましたし、多くの時間は寝ているかスマートフォンをいじっていました。
酒臭くも、香水臭くもありませんでした。

でも、明確にその男性は避けられていました。

自分自身の行動ではなく、容姿で人々に避けられる。
僕自身は外国に行ってもそのような経験をしたことはありませんが(むしろ日本人ということで寄ってくる人はいた)、もし、どこかの国に行って、自分の行動ではなく、容姿で避けられるとしたら。
ものすごく悲しい気持ちになると思います。

オリンピック開催を控え、「おもてなし」だとか、英語表記だとか、Wi-Fi環境だとか、民泊だとか、色々言われていますが、そもそもこのような「特定の容姿の外国人を避ける」というようなことをなくしていくような取り組みが必要なのではないか、と思います。
2017.03.10 Fri l 日々雑感 l top
最近、雑誌読み放題サービスをいくつか使い始めました。
dマガジンなどのサービスがあることは知っていたものの、雑誌はほぼ読まない生活をもう何年(10年以上)も過ごしていたので、あまり関心がありませんでした。
近所の本屋さんやコンビニで売っていない雑誌で定期購読しているものはあるのですが、その雑誌は読み放題サービスにはもちろん入っていません。

ですが、最近、山登りをするようになり、『山と渓谷』などの山登り関連の雑誌を読むようになりました。
月刊誌とは言え、買うと千円近くするので、図書館に行ったときに読んでいたのですが、ふと読み放題サービスに入っていないか調べてみたら、入っていたので、一ヶ月のお試しをしてみることにしました。

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最初に使ったのは、dマガジン
料金は、月400円(税抜き)で約160誌の雑誌が読めるそうです。

無料お試し期間が過ぎた後、有料でそのまま使うかどうかという時に、結局有料で使うことにはしませんでした。
理由としては、簡単に言えば使いづらい。
初めて使ったので他のものと比べられませんでしたが、読み込みに時間がかかり、「山と渓谷」以外に読みたいと思うものもありませんでした。

その次に使ったのは、タダ読み(Fujisan.co.jp)。
これはそもそも無料のサービスで50000冊以上読めるそうです。
このFujisan.co.jp経由で本を購入する機会があり、とりあえず使ってみることにしました。

結果、そもそも無料サービスなのもあって、読みたい雑誌がほぼありませんでした。

その次に試してみたのが、楽天マガジン
料金は月ごとだと380円(税抜き)、一年契約だと3600円(税抜き)だそうで、約200誌読めるそうです。

まぁ、単純にdマガジンと比べられるのはこちらかな、と思います。
今の所、この楽天マガジンが一番良いかな、と思っています。
『山と渓谷』もあるし、そのほかの山と渓谷社が出している雑誌も読めます。
実際はdマガジンとほぼ遜色ないので、比較出来るのは結局料金だけで、そうすると楽天の方が少し安いので、こちらかな、と思いました。

でも、この楽天マガジンも良く読む雑誌を「お気に入り」に登録することが出来るのですが、お気に入りの雑誌からバックナンバーにはたどり付けません。
今出ている号を読み終わる前に新しいのが出てしまった場合、お気に入りのところからは飛べないので、わざわざ検索して読むということをしなければならず、それが不便です。
それでも、契約期間ではないバックナンバーを読めるのは良いことなのかも知れませんが。

2017.02.27 Mon l 日々雑感 l top