昨日は、伯父と3年前になくなった祖母の納骨をしました。
ツレは外せない仕事があったので、親に車で拾ってもらい、子どもたち3人と一緒に行ってきました。
この3年間、ずっと伯父に言い続けていた祖母の納骨が伯父が亡くなったことで出来ることになったのは、ちょっと複雑な気持ちも起きますが、ムスメM(3歳)はそもそもこの場所に来たことなかったので良かったです。

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祖父のお骨しか収められていなかった墓なので、初めてお骨を収める所を開けたところを見ました。

車だと2時間くらいかかる場所ですが、牧師さん(と言っても牧師になる前から知っていた方ですが)にもわざわざ来ていただいて埋葬式をしてもらいました。

何十年も祖父1人のお骨しかなかったところに、いきなり家族3人になりました。

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霊園の人にお骨を収めてもらってふたをしてもらった後には、両親&兄&叔母の他に来てくれていた父のいとこ夫婦と昼食。
父のいとこ夫婦はお孫さんもいて、普段教会で小さな子どもたちに慣れているからか眼差しや発言が子どもに対して寛容だったので、とてもありがたかったです。

祖母が亡くなってから、ずっと懸案事項になっていた、お骨&お墓参りが出来ない問題も片付き、僕としては一段落付いてほっとしました。
あとは、祖母と伯父が住んでいた家(というか父の実家)をどうするかという割と大きな問題も残されていますが、それは相続権のある父と叔母の問題なので、僕のやれることはこれで本当になくなりました。
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2015.03.15 Sun l 伯父の死 l top
先日書いた伯父の話の続きです。

誰かが亡くなったときに、残された人が一番困ることはなんでしょうか?

今回、僕ら家族が痛感したのは、「銀行口座、保険、年金、印鑑などの場所が分からない」ということでした。
どこにあるのか分からず、みんなで探すことになったのですが、前日に伯父宅に行っていた両親と兄では見つけることが出来ず、僕もかり出されました(この日は叔母も来ました)。

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両親と兄は同居なので、一緒に車で来ていて、僕は電車で向かったのですが、扉を開けるとそこはゴミ屋敷でした…。
もちろん前日に「Bも来て」と要請があったときにも教えてもらっていましたし、伯父が亡くならなくても、3年前の祖母の死以前から少しずつゴミ屋敷化していたのは知っていました。
なので、僕ももちろん覚悟して(覚悟というのは、全身着ていたものをなんなら捨てても良いくらいの気持ちで)行ったのですが、やはり想像と現実は違いました。

現実を目の前にした衝撃と言ったら。
ゴ○○○やネ○○自体は直接見ることはなかったのですが、彼らが確かにそこにいたという痕跡が至る所にありました。

父もそうなのですが(っていうかツレも)、父の家族は「こんなのなんで取っておくの?」というものを取っておく人で、もうちょっと正確に言えば、「なんで捨てないの?」という人たちなのです。
ツレもかなりため込む人ですが、ツレとの違いは、一応ツレは「使い道を考えて取っておく(だけとその使い道は殆ど実行されない)」、父や父の家族は「捨てるのが面倒で取っておく」という感じです。
まぁ、使い道を本人しか見いだせていない時点で、他人に取っては「ただのゴミ」には変わりはないのですが。

話が少しそれましたが、何故僕が呼ばれたのかというと、「通帳等々の貴重品が見つからなかったから」です。
みんなでさながら現代日本の闇のジャングルをかき分けるように、歩けるくらいにゴミを集めながら、「貴重品がありそうな場所」を探しました。
が、3時間ほど探しても見つからず。。。

疲れたので、みんなで昼食しているときに叔母が「そういえば○○(伯父)はいつもポーチみたいなのを持っていたよね」ということを思い出し、昼食後に、伯父が亡くなっていたというテーブル付近を探索すると、貴重品の入ったポーチが見つかりました。
中を探すと、運転免許証、通帳、現金などが見つかり、安堵して、この日の作業は終了。

手紙もため込んでいて、通販などの督促状などもかなり来ていたので帰って確認することになりました。
督促状などが何通も来ていたのでかなり心配していましたが、亡くなる2~3ヶ月前に伯父自身が払っていたことが判明し、残っていた請求は1月までが払う期限だった税金とケーブルテレビくらいでした。

ポーチの中身も再度確認すると、確かに通帳や免許証はあったのですが、普段使っていた(と思われる)財布や一部の銀行のキャッシュカード、印鑑がありませんでした。
これは今も探しているのですが、結局見つかっていません。

母などは何度も何度も「私も(貴重品の場所や口座がどの銀行にあるのかなど)エンディングノートにちゃんと書いておかなきゃ!」と言っていました。
付け加えるとしたら、エンディングノートにそれらを書いておくことは良いのですが、肝心な貴重品自体がどこにあるのかが分からなければ何にも意味がないので、「貴重品が置いてある場所」を決めて知らせておくのが一番必要だと思います。

ちなみにゴミ屋敷をその後どうするか、ということですが、父は自分が中学生のときから大人になるまで暮らしてた家ということもあるのか、伯父の普段使っていた(と思われる)財布や印鑑などが見つかるまでは探すのを諦めない、という感じですが、僕と母は「業者に任せよう」ということで父を説得しています。
父も貴重品が見つかれば業者に任せるつもりではいるのですが、伯父の死発見後2週間経っているのにまだ見つかっていないので、僕と母はもうこれ以上は無理だと思っています。
業者さんが片付けてもらうときに、もちろん僕らも同行するのだし、そのときに貴重品っぽいものを残してもらえば良いんじゃないかな、と思っています。

実際問題、明らかに「廃屋」みたいな外観なので(12月まではその中で一応伯父が暮らしていましたが)、いつ枯れた草木に火を付けられたり、たばこの吸い殻を投げ入れられて、燃え広がってしまうか分からず、乾燥している時期なので、僕としては早く片付けた方が良いと思っています。
2015.01.15 Thu l 伯父の死 l top
新年なので、こういう話を書くのは気が引けますが、自分自身が消化するためにもやはり書いておくべきかなと思い、先日伯父(父の兄)が亡くなった(正確には亡くなっているのが発見された)話を書こうと思います。

タイトルの通り、年明けに警察から連絡があり、伯父宅に駆けつけ、立ち会いの元に警察官が入っていくと、伯父が死んでいるのが見つかりました。
今回の伯父の死については、この年末年始で急に始まった話ではなく、少なくとも祖母が亡くなってからの3年以上のはなしなので、とても1回でそれまでに起こったこと、僕が感じていたこと、考えていたこと、したことを書くことは出来ません。
ゆっくりと書いていければ良いなと思います。


警察から連絡があったのは、新年の2日でした。
ちょうどその日、僕たちは僕の実家に新年の挨拶というか、行く日になっていて、みんなで行きました。
子どもたちは着くなり置いてある(兄の)Wiiで遊び始め、おせちをいただきました。

僕は年末から体調が悪かったので、Mと昼寝をして、少し子どもたちとゲームをして、他のみんなは夕食を一緒に食べると言うことでしたが、僕は夕方に先に帰りました。

家に帰って少しゆっくりしていると、ツレからメールが。

「○○おじさまが、亡くなっているのが、発見されました。」

というものでした。
メールにすぐには気づかなかったのですが、気づいてからすぐに母に電話をしました。

すると、僕が帰った後すぐに警察から連絡があり、「頼んでいたおせち料理を取りに来ず、連絡がつかないので、家に入りたいので、立ち会って欲しい」と父に要請があったとのことでした。

「なぜ、おせち料理を取りに来なかったくらいで警察が?」と思うかも知れませんが、この1年の間に伯父は同じ事を繰り返しており、父が駆けつけるのは3回目でした。
なので、お店(近くのセブンイレブン)のオーナーさん(同じ町会)もそのことを知っていたので、伯父と連絡が取れないので、警察と父のもとにすぐに連絡が来たのでした。

そして、父(と今回は兄も)の立ち会いの元、警察官が伯父宅に入ったところ、居間で亡くなっているのが発見されたということでした。
そのときの電話では、「これから検死みたい」ということでしたが、後から聞いた話では、結局検死ということにはなりませんでした。

しかし、事件性があるかどうかの確認のため鑑識がやってきて、家に不審者が侵入した痕跡があるかどうかを日が変わる頃まで確認していたとのことです。
そして、事件性はないということが判断され、検死することにはなりませんでした。
鑑識さんたちが帰り、父(と兄)が解放されたのは午前1時半だったとのことです。

今回のこの出来事は予想していたことでした。
しかし、予想していたからこそ、このことを防ぐことが出来なかったのか?という思いがぬぐい去りません。
この予想は決して僕だけのものではなく、年末に訪れたツレ母との話でも出て来ており、「新年に実家に行くので、父ともう一度ちゃんと話してみます」と言っていた矢先の出来事でした。
2015.01.08 Thu l 伯父の死 l top