以前から持っていたのに置きっ放しにしていた本を読みました。


路上のうた ホームレス川柳


路上生活(いわゆる「ホームレス」生活)を送る人たちが販売員となっている「THE BIG ISSUE」。

ビッグイシュー日本版|BIGISSUE JAPAN

販売員の生活をささやかながら支えるという事もありますが、内容が面白いので、販売員の方を見つけるとよく買って読んでいます。
その販売員の中で川柳を創っている方々がおり、その作品をまとめたものがこの本です。
僕は販売員の方から直接買いましたが、Amazonでも売られていました。

日々の生活の中から出てくる川柳なので、路上生活が反映された作品になっています。
僕が良いな、というか興味を持ったのはたとえばこれらの作品です。

盆が来る 俺は実家で 仏様

寒い夜 マッチで焚き火 怒られる

駄洒落でも クルシミマスと 言えぬ今

クリスマス 風邪をひいたら クスリマス

ご来光 拝む前から 缶集め

見てしまう 故郷(ふるさと)行きの 高速バス



故郷の家族・親戚には自分はもう死んだものとなっているだろうな、ということや、クリスマスで世間が賑やかな中、寒さに耐えている様子、捨てきれぬ故郷への思いなど、つらさを感じられるもの、それでも川柳に、言葉にすることでユーモアを感じます。
ユーモアを込めることでつらくても生きぬこうという力だったり、しぶとさが現れているような。

あとがきは、作家の星野智幸さんが書かれていました。
星野さんがいくつかの川柳を引用しつつ、このように書いていました。

枕元 門松がわり 靴を置く
雨上がり 我が寝床から 虹が立つ
これらは想像力の勝利だ。正月の路上の寝床が、たちまち門松の並ぶお屋敷となる。路上のねぐらにとって、寝ている最中に降る雨は悩みの一つだが、それを幻想的な光景に変えてしまう。



ユーモアだけでなく、想像力によって困難な状況を生きぬくという勝利。
筋肉質な力強さというよりも、ひらりと柔軟に生きぬいていく力強さを感じる、とても良い本でした。
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2017.02.17 Fri l 月間読書レポート l top
前の月に読んだ本をまとめて書いていましたが、そうするとどうしても1回に書く量が多くなってしまって面倒になってしまうので、たまには一冊ずつでも書いていこうと思います。


せいのめざめ


著者の益田ミリさんは僕が好きな作家で、映画にもなった『すーちゃん』はもちろん、『週末、森で』や、なんだか評価がすごく二分されている『47都道府県女ひとりで行ってみよう』も僕は楽しんで読みました。

そして、もう1人の著者の武田砂鉄さんは、本を読んだことはないのですがcakesでの連載を毎週欠かさず読んでいたり、いつも聞いている荻上チキさんのラジオ番組Session-22に荻上さんの代役で出ている時の話に共感することが多い方です。

ということで、タイトルと内容を全く気にすることなく、新刊予告みたいなものが来たときに迷わずに予約し、早速読んでみました。
(ちなみに今は単行本しかありませんが、2月17日にはKindle版も出るようです。)

内容は、「せい=性」の「めざめ=目覚め」とあるように、益田さん、武田さんがそれぞれ、中学生や高校生の時に性に関して考えていたことや体験したことが書かれています。
「めざめ」ですので、性体験について書かれていることもなく、安心して(?)読めるというか、特に武田さんは僕と割と近い年代なので、今ではスマホなどで簡単に性に関する情報や画像、動画を検索して手に入れることが出来ますが、そうではなかった時代のことが書かれていて、懐かしい思いで読みました。

また、武田さんの書くコラムや新聞での書評が好きになったあとで、僕の職場の卒業生ということも知りました。
この本では中学や高校での体験に基づいて書かれているので、すごく具体的にその光景を思い浮かべることも出来、それもとても面白く読むことが出来ました。

逆に言うと、一般的には、ちょっと読者層を想定しづらい本かな、とも思います。
せいのめざめの時期にある今の子たちには、懐かしくもなんともないでしょうし、かつての人が知ることが出来なかったので(情報源も少なかったので)妄想していた内容も、今ではすぐに検索して知ることが出来ます。

「懐かしい」という思い出に浸るには良いのかも知れませんが、それ以上の出来事もなく、僕のように、単に著者が書いたものが好きということでなければ、あまり面白く感じられないのかな、と思います。
まぁ、それはやはり個人的な出来事が書かれているからで、個人的な出来事を提示されても、それを興味を持って受け止めるのは、同じような体験をした人と、その人個人に興味を持っている人に限られてしまうからですね。
2017.02.10 Fri l 月間読書レポート l top
2月になったので、先月読んだ本について書いていきます。
ちなみに最近は、Kindleで読める本はKindleで買うことが多くなってきました。
理由としては、①Kindleの方が安い(ことが多い)、②すぐに読み始められるからです。
ということで、Kindle版の方が安い場合は、Kindleで買って読むようになりました。

さて、まず最初はこちら。


九十歳。何がめでたい


佐藤愛子さんの文章自体読んだのは初めてだったのですが、今すごく売れているということで広告をよく目にしていました。
そんな中、Kindle版でかなり安くなっていたので、読んでみました。

元々は女性誌に連載していたエッセイだそうで、生きてきた時代が違うので、物事の捉え方は違うところもあるものの、面白く読めました。
出来事への考え方が違うなとは思うものの、それは決して反発を抱くようなものでもありませんでした。
例えば、自転車が怖い、というような話。
これは、考え方の違いを表すものではありませんが、最近の自転車は音がしないので、すっと後ろから出て来て怖いという指摘。
自動車が静かになってきたことは自覚していましたが、確かに自転車も静かになってきていて、特に音が聞こえづらくなってきている年齢の人たちには、僕も気をつけないといけないな、と思いました。

もし、不満があるとしたら、いわゆる「高齢者」の意見なので、今高齢の人の方が多くなってきていて、その人たちによって割と迷惑している出来事もある、ということ。(集団で歩くときに、周りに歩いている人を気にしないとか。)

そういう点にも自覚的であって欲しいといのは、その世代ではない者の勝手な意見なのでしょうが、高齢ではない人たちに意見を述べるのならば、その人たちからの意見にも少しは耳を傾けて欲しいな、と思ってしまいます。

でも、根本的には、人への優しさがあるように感じました。


倚りかからず (ちくま文庫)


何で紹介されていたのか忘れてしまいましたが、詩集です。
詩集なので、ささっと読めるのですが、やはり一番心に残った作品はタイトルにもなっている「倚りかからず」。
これだけでも、みんなに読んでもらいたいな、と思う作品でした。
他には、その時代を表す作品もあって、今だったら、こんな出来事はネット上で炎上するんだろうな、ということに触れた作品があって、時代の変化というか、なぜこんな出来事に多くの人が集中砲火を浴びせるようになってしまったのだろうか、と物思いに耽ってしまいました。


死にカタログ(だいわ文庫)


新聞書評欄で文庫になった本のところに載っていて、面白そうだったので読んでみました。
著者がデザインやイラストの仕事をしているので、死という概念を視覚的に捉えようとしていてとても面白く読めました。
内容的には、著者が書いているように、エリザベス・キュブラー・ロスの『死ぬ瞬間』に依拠するところが大きいのでしょうが、視覚的に捉えるというのは、今までとは違った角度から死を捉えられるように感じました。


お金の教養 (だいわ文庫)


知人が、「子どもにお金をどう教えるかを考えている中で読んだ本」ということで紹介していたので、読んでみました。
とても分かりやすく、読みやすい(文字数も少ない)のでさくっと読めるようになっています。
お金について考える入門書としてとても良い本だと思います。
今では、中高生向けにお金の授業が取り組まれているところもありますが、僕らはお金について学ぶ機会もなく、親も基本的に「お金のことは子どもが話すことではない」というような姿勢でした。
なので、僕は全くお金について考えたことがなかったといって良い。
収入をどのように扱うか、資産を増やす方法、チェックの方法など、具体的な取り組みが示されるだけでなく、最終的に自分だけでなく、他者の生活の向上にも目を向け、寄付ということについて書かれていることにも好印象でした。


ソープランドでボーイをしていました


Kindleでやたらレビューの評価が高く、200円とかだったので、読んでみました。
著者は、小説にしたかったようですが、実話です。
文章はこなれているとは言えませんが(小説にはしづらい)、読みやすいものでした。
「ソープランド」という場が舞台になっていますが、いわゆるエロの話は一切無く、何故ソープランドで働くことになったのか(震災の影響)、働いていたときの仕事内容や人間関係、ソープランドをやめることになった時の出来事などが書かれています。

さくっと読めるので、「知らなかった世界」を知る、という意味では面白かったのですが、話すことが許されていないソープランドで働く女性について殆ど触れられないのは仕方がないにしても、ボーイたちが一緒に寝食を共にしているにも関わらず、どのような過程を得て今この仕事をしているのかよく分からないというのは、事実であっても、物足りなさを感じました。
また、例え高級店(合計8万円以上するそうです)でも、いろんなお客が来るはずで、描かれている人間関係が基本的にボーイたちで、客について書かれていないので、その点も物足りなさを感じました。

すごく礼儀の正しい客もいれば、横柄な態度の客もいるはずで、それらの客についても書いて欲しかったな、と。
客に関しては、いわゆる「障がい者」について触れられていたのですが、風俗店が障がい者の福祉的一面があることが分かるのですが、障がい者だから著者の心に残ったのでしょうが、障がい者ではない他の客についても書いて欲しかった、と思います。
2017.02.02 Thu l 月間読書レポート l top
恥ずかしげもなく今回も先月中に読んだ本について書いて見ます。

まずはこちら↓


僕らはいつまで「ダメ出し社会」を続けるのか 絶望から抜け出す「ポジ出し」の思想


この本の著者である荻上チキさんがパーソナリティを務めているラジオ番組「セッション22」を聞いています。
22時から番組が始まるので、早寝早起き型の僕には生では聞くことが出来ないのですが、ポッドキャストになっているので、それを使って聞いています。
ちなみにポッドキャストだと倍速再生も出来るので、大体1.5倍で聞いています。
そうすると時間も短縮して聞けるのでかなり便利です。
(その代わり番組中に流れる音楽は聴けないのですが。)

と、本の話ではなく、ラジオをどうやって聴いているかの話になってしまいましたが、「そういえばチキさんの単著って読んだことがなかったなー」と思い読んでみた次第です。

今の政治(国会議員を中心とした中央政治)が置かれている状況を踏まえながら、果たして今行っている議論やこれまで行われてきた来た議論が適切だったのか、ということについて書かれています。

とこれでは何が書かれているかは分かりませんが、例えば「交通事故を減らす」と言うときに、減らそうとするための方法として、車自体の性能の向上や、道路などの整備という交通環境の整備とともに、飲酒運転や持病があるなどの事故を起こすリスクが高い(と思われる)人たちの運転を控えるようにさせるという運転する人へアプローチする方法があります。
しかし、メディアで盛んに取り上げられるのは、飲酒運転などの運転する人へのアプローチばかり(例えば飲酒運転に対する厳罰化もその流れで起きました)。
では、実際に事故がそれによってどのくらい減っているのかというと、曖昧で、むしろ交通環境の整備による交通事故の減少の方が確実に成果を上げているという事実があります。

これらの具体例から、感情的に盛り上がるのももちろん、果たして仮に感情的に盛り上がってしまったとしても、その盛り上がりによって行われたことが、実際にその後どのくらい有効だったのか、ということをちゃんと検証しましょうよ、ということが述べられていました。

また、最後の方では、では無力にも思える1人の自分が何が出来るだろうか、という思いを持っているであろう個人にも方法を提示しています。
それらの方法は決して無理難題ではなく、地に足の着いたものであるとも僕には思えました。
一番難しいのは、それをやれるかどうか、というよりも、やり続けることが出来るかどうか、ということかな、と。


犯罪不安社会 誰もが「不審者」? (光文社新書)


子どもたちが小学生になり、区の安全防災メールというようなものに登録したり、あるいは学校独自のメール連絡網から「不審者情報」が送られてくるようになりました。

でも、その「不審者情報」に書かれてるのは、「男性に女児が話しかけられた」とか、話しかけられた内容も分からないので何故「不審者」なのかも分からなかったりします。
単に近所に住む人が挨拶したのかも知れないし、道が分からなかったから訪ねただけかも知れない。

だけど、「不審者情報」として内容が曖昧なものを保護者や地域の人に知らせることで、余計に不安を煽っているのではないか?と思ったりすることがあります。

ということで、自分で犯罪がどの程度増えているのか調べるという方法もあるのですが、まさにこのテーマの本があるので読んでみました。

この本に書かれてあるのは、犯罪って本当に増えてるの?、ネガティブな情報に惑わされることなく、「実際に起きていること」を知ってみましょう、ということです。

たとえば、子どもが犠牲者になる殺人についてこんな記述がありました。


たとえば、昨今、メディアで問題になっている小学生が殺害される事件であるが、一九九O年以前と比較して大幅に減少したまま安定している。最も多かった七六年が一OO人、八二年は七九人、それ以降、目に見えて減少し続け、O五年は二七人である。
 しかも、殺人事件の統計は未遂を合むものであること、さらに子どもが殺害される事件の大半は家族などによる虐待であることを考え合わせると、見知らぬ不審者に命を奪われた小学生の数は、実際はほとんどいないというのが現実なのだ。



殺人だけでなく、小学生が被害にあう犯罪で最も多い加害者は誰かというと「見知らぬ人」ではなく、「知っている人」です。
統計に表れているものなので、もちろん性犯罪など、被害をそもそも申告していない犯罪が多数ある可能性もありますが、少なくとも統計に表れているものでは、小学生に対する加害者は「知っている人」なのです。

それらを知った上で、「防犯」を考えていますか?というのがこの本の呼びかけているものだと思います。

また、過度に防犯が行き渡った結果、街に居づらく(というか排除)なってしまった人たちのことへの言及もありました。

生活時間帯が多くの人とは異なる職種の人問、失業者やホームレス、精神障害者や知的障害者、在日外国人など、「普通の人」とは異なる生活リズムやスタイルを持つ人びと、結局はこうした者たちが不審者と見なされるのだ。
 それは揃いのジャンパーに身を包み、「防犯」という腕章をつけた善意の住民たちの目に、異質な者として映る者たちでしかない。だが、そうした異質者たちが不審者として、今社会から排除されている。



この指摘はとても重要だと思います。
防犯という名目で「不審者」扱いされる人たちが出て来たことによって、むしろ彼らにとっては生活しづらい社会が出来てきているのではないか、と。
実際に、路上生活を送る人たちが排除されていく姿を目にし、本来ならば彼らを保護しなくてはいけないはずの行政がむしろ「不審者」として排除しようとするのはこのような「防犯」という背景が少なからずあるのではないかと思います。

他にも、刑務所に収容されている人の実態を明らかにすることで、犯罪を犯す人たちがどのような状態にあるのかということを明確にしてあり、「本当に犯罪が増えているのか?」というものを刑務所といういわば「内部」からも焦点を当てていて、より実情が理解出来たように思います。


無業社会 働くことができない若者たちの未来


ここまで書いていて疲れてしまったので、あとはさらっとコメントを書くだけにします。

この本は、今年に入って(僕が)緊縮財政下にあり、本をなるべく買うのを控える名目で通い始めた古本屋さんで見つけたものです。

「無業者」特に「若年無業者」の実態と、その人たちにどのようなアプローチが必要なのかということをこちらも統計と実際の活動を通して書かれています。
根底にある、「誰もが無業者になり得る。自分は運が良かったので就労できている。」という西田氏の実感は同意しますし、今後もそれを忘れないで欲しいな、と思いますが、「運が良かった」人とそうではない人とは何が違ったのか、ということをもう少し掘り下げられていたらよかったかな、と思いました。


カルト村で生まれました。 (文春e-book)


朝日新聞(だったかな?)の書評を読んで買いましたが、実はその前から知っていて、読むかどうか悩んでいたのですが、書評に後押しされて読んでみました。
新宗教を少しでも学んだことがある人にはすぐに「あそこか」と分かる団体で生まれ育った著者によるコミックエッセイです。

著者が僕と同世代で、団体を出て10年以上経っているので今現在も同じような状況なのかは分かりませんが、とりあえず僕が子供の時のことを思い出しながら、「こんなことがあったのか」と読みました。

先日行ったアースデイでもこの団体がブースを出していて野菜や卵を売っていて眺めていたら、他の人がこの団体を知らなかったようで「全国に農場があるんですか?」とか聞いていて、この団体を全く知らない人も多いんだなぁ、と逆に驚いた次第です。


北欧女子オーサが見つけた日本の不思議 (コミックエッセイ)


こちらもコミックエッセイです。
著者のオーサさんが朝日新聞に出ていて、京都で舞妓さん(?)体験か何かをしていて「この人何者?」と思って調べたら、この本を出しているということで、レビューの評価も割と高かったので読んでみました。

過度に「日本ってすごい!」というものでもなく、過度に「日本って変だよね…」というものでもなく、成人してから日本に来て生活するようになった「外国人」が日常生活で発見したこと、驚いたことを生活者視線で書いているのが好印象でした。

たとえば、最近見かけるようになった、くねくねまがっている手すりとか。

この本が面白かったので2巻もすぐに読みました。
2016.05.04 Wed l 月間読書レポート l top
ちょっと遅くなりましたが、先月読んだ本についてです。
というか12月から続く体調不良で本当に本を読む余裕さえなく、今回は2冊だけになります。


始めよう。瞑想~15分でできるココロとアタマのストレッチ~ 光文社知恵の森文庫

とにかく身も心も何とかしたい、ということをずっと考えていて、身体からのアプローチの他にたどり着いたのがこの本にあるように、【瞑想】です。
まぁ、禅でも、マインドフルネスでも良いのですが、初心者としてどのように行ったら良いのか、ということで探していたら、レビューでダントツに評価され、評価している人の数も多かったこの本を読んでみることにしました。

瞑想のやり方が書いてあり、それらがとてもわかりやすい説明で書かれていたので、この本をさらっと読むだけで瞑想を行うことが出来るようになります。
本の表紙にも書いてあるように15分で良いことや(それ以上やってもむしろ効果はない)、毎日やろうとしなくても良いというようなとにかく【気軽に】始められるように説明されているのが好印象でした。



差別原論―“わたし”のなかの権力とつきあう (平凡社新書)


瞑想と打って変わってもう一冊はこの本です。

僕の中にある差別的な意識にどうすれば良いのか、ということを考えたくて読んでみました。
この本の中にどのようなことが書かれていたのかを説明するのはなかなか難しいのですが、とりあえず、本の章立ては以下のようになっています。

第一章 “差別の日常”という主題
第二章 差別とは何だろうか
第三章 差別した人と差別を受けた人の対話
第四章 差別を学び、目を開く
第五章 性的なからかいに対抗する
第六章 “決めつけ”“思い込み“を崩す
第七章 「差別」を生きる手がかbにする



著者が関わってきた被差別部落に関する記述や身近なところでの女性差別に関する記述も様々な示唆があったのですが、その前に差別とどのように向き合うか、ということの記述がとても良かったです。

例えばこれらの文章です。

誰であれ、どのような場所で生きていようと、差別してしまう可能性がある。私はそう思っている。だからこそ、日常的な自分の語りや振る舞い、他者とのやりとりなどを手がかりとして、さまざまな関係性や状況の中で、いかに差別が生じるきっかげが生まれてしまうのか、それが差別として立ち現れてくるのか、を詳細に見つめようとする姿勢が大切なのである。そして、ここには、差別をめぐり硬直した認識は必要ないし、自分はさまざまな差別問題や人権問題についての詳しい知識を持っていたり、問題への確固たる姿勢を持っているから、差別など間違ってもすることはないのだ、という硬直した認識も必要ない。


差別を考えるうえでの、今一つの基本。それは、差別を受けることの“痛み” への想像力をいかに深め、大きくすることができるか、である。踏まれた痛みは、踏んだ人にはわからないという。それはそのとおりだと私も思う。いくら鋭く広く深く共感できる力を仮に持っていたとしても、差別を受けた人や被差別の現実が受ける“痛み”や“苦悩”は、完全には理解できないだろうし、完全なる共感は不可能だろう。しかし完全なる共感不可能性を十分にわかったうえで、被差別の“痛み”“現実”への想像力をできる限り働かせることは、私たちが差別を考えるうえで、必須の営みなのである。



差別はしたくないと思っていてもしてしまう瞬間があるかもしれない。
なるべくならそれらのことには近づきたくはないのだけれど考えないわけにもいかない。
そういう気持ちをもっている人にどのような心構えでこれらのことを考えて行けばいいのか、を大上段から振りかざすのではなく、一緒に考えて行こう、というような表現で書かれていると感じました。

また、日常のちょっとした場面で差別の場面に出会うことがあります(たとえば女性の容姿を嘲笑したり)。
そういう時に自分自身がやっているかもしれない態度についても鋭い指摘がありました。

それは、端的に言えば、一つは、差別という行為が与える本質的な人間存在への痛みであり、差別を受けた者が「私はこれこれの我慢できない差別を受けた」と主張することの困難さである。今一つは、そんな言葉を受けたくらいで、そこまで怒るのも大人気ない、深刻に考えすぎだよ、といったかたちで、たとえば差別的な発言や言葉をか“からかい”“野次”“冗談”“本気ではない他愛のないこと”などとして処理していこうとする、私たちがあたりまえのように暮らしている日常が持つ力の問題性なのである。



“痛み”を感じた人が「痛い」と言った時、それをした人が「冗談」で済まそうとすることがあります。
周りの人もそれで済まそうとすることも。
その日常が持つ力の問題性の指摘はとても重要だし、自分自身も常に気を付けなければいけない、日常だからこそそういう場面に出会ったときに自分自身がどういう態度を出来るのかが試されるのだと思いました。
2016.02.21 Sun l 月間読書レポート l top
今月も恥をさらして、先月読んだ本について書いて見ようと思います。
度々書いていることですが、体調不良が続いているということで、本は殆ど読めませんでした。
活字が読めないような時でも、漫画を多く読んだり、映画を多く見たりする事もあるのですが、漫画も6冊だけ、映画も2作品だけでした。
これだけを振り返っても自分自身の不調具合が分かります…。

さて、そんな中読んだ本は3冊でした。

まずはこちら↓


働く男 (文春文庫)


昨年末のNHK紅白歌合戦にも初出演したので、多くの人に知られるようになってきたと思われる、歌手であり、俳優の星野源さんのエッセイです。
まるで動き続けないと死んでしまうというマグロのようなワーカホリックぶりから、一転して、くも膜下出血により活動休止、という状況になりワーカホリックぶりが一皮むけたというところまでが書かれています。

「働く男」というタイトルから少し想像出来るように、星野源が関わった仕事について丁寧に書かれています。
僕自身は、星野源のエッセイは『蘇える変態』からだったので、ちょっと下ネタが入るような軽快なものに惹かれたのですが、今回は下ネタは少なめでした。
まぁ、仕事について語っているので当然なのですが。



女子大生風俗嬢 若者貧困大国・日本のリアル (朝日新書)


僕自身の大学や大学院にいた時からの関心は、ひとくくりに言ってしまえば「貧困」です。
そこには、教育格差や、ワーキングプア、非正規労働者、ブラック企業など、いろんなテーマが入ってくるのですが、その中でも最近よく読んでいるのが、この本の著者中村淳彦さんのものなので、読んでみました。

この本を読んでいて、一番僕の中に残ったのはこの文章でした。

 多くの風俗経営者や現場関係者が言うように、現在は入学難易度に関係なく、あらゆる大学の女子大生が裸の仕事をしてい。その中で特に目立つのは、青山学院や明治学院大学を代表とする付属校のあるキリスト教プロテスタント系の大学だ。
 女子の比率が高く、裕福な家庭の子供が多い。自由で華やかでゆとりのある校風で、必然的にある程度のお金があることを前提とした環境になる。そのような中で貧しい家庭や地方出身の苦学生が、周りに合わせた学生生活を送るために、単価の高い水商売や性風俗の仕事に流れる。90年代からよく聞く、プロテスタント系大学で定番のケースである。山田さんには家からの援助がないので、学内の友人たちとの格差は顕著だった。



僕がいた時はまだ今よりもマシな状況で、風俗業で働いている人がいましたが、それらの多くは、学費や生活費を稼ぐため、というよりは、より今の生活水準(ブランド物を買うなど)を上げるため、あるいはそこに自分自身の居場所を見いだした(そこにしか見いだせなかった)、という感じでした。
その中でもうすうす感じていた「女子の比率が高く、裕福な家庭の子供が多い。自由で華やかでゆとりのある校風で、必然的にある程度のお金があることを前提とした環境になる。」という指摘は、僕自身が見えなかったというか、見ようとしなかった現実を突きつけられた気がしました。

僕自身の出身大学も、今現在関わってるのもこのような校風なので、こういう現状に対して僕自身が何が出来るのか、あるいは、僕がこの現状を知りつつ、この場にこのままいても良いのだろうか、と考えてしまいます。

また、最近新聞などでも指摘されるようになってきた、大学生の奨学金制度についても鋭い指摘がされていました。

将来、なんの職業に就くかわからない高校卒業したばかりの未成年に有利子のお金を貸しつけるのは、どう考えても無謀だ。返済の一時猶予や返済期間延長の仕組みこそあるが、実質上、救済制度はほとんどない。大学卒業後から始まる月々の返済には容赦がなく、3か月間延滞をしたら一般の金融業者と同じく、ブラックリストと呼ばれる個人信用情報機関に登録される。そして、債権回収の専門会社からの取り立てが始まる。クレジットカードやサラ金と同じなのだ。
 実態は単なる学生ローンであり、”奨学金”という「支援や給付を想像させる」歴史ある聞こえのいい単語がビジネスに利用されている。実態と名称に乖離のある、いわゆるポエムビジネスといえる。日本学生支援機構の”奨学金” は国と金融業者がタッグを組み、低所得世帯をターゲットにした貧困ビジネスなのだ。
 驚博するのは、その利用者の比率の高さだ。「平成24年度学生生活調査」によると、全学生のうちの奨学金を受給する者の割合は大学昼間部で52.5%、大学院修士課程で60.5%、大学院博士課程で66.2%と過半数を大きく超えている。教育を受ける立場である
大学生の過半数が、利子を利益とする金融業者の顧客となるとは、とんでもないことだ。大学生の半数以上が数百万円の負債を背負って社会にでるという現実は異常としか言いようがなく、歴史的にも前例のない事態だ。



「アメリカよりはマシ」とか言う人や、団塊の世代以上の人たちが「私たちの時代だって大変だった」と平気で言う人がいますが、置かれている状況がまるで違ったり、アメリカでは既に借金を返すために「優秀な学生」は殆ど金融機関に就職してしまうなど、労働者の多様性が失われつつあると指摘されています。
このままアメリカのように進みたいのか、真剣に考えるべき(方策を取るべき)だと思います。



整形した女は幸せになっているのか (星海社新書)


今話題の(?)ライターの著作ということで、以前から少し気になっていたので読んでみました。

「幸せ」って計るのが難しいので、それをテーマにしている時点で何となく内容が分かってしまうな、と読み終わった後に思いました。
その中でも次の指摘は興味深かったです。

製進業中心の産業社会では、生産者は自身の「健康」に気を配る必要があった。労働者として何より大切なのは「健康」だ。一方、消費社会で人々が重視するのは「フィットネス=身体をフィットした状態にしておくこと」である。
 私たちは身体を心地よい状態にフィットさせるために、試行錯誤を繰り返す。ダイエットにボディビル、エステ通い、美容整形もその一例だろう。(中略)
「フィットネス」には中毒性がある。「健康」にはある程度の数値基準があるが、フィットネスには明確な基準がないからだ。



健康とフィットネスの違いについての指摘です。
ジムの宣伝などで盛んに使われている言葉は「フィットネス」で、そのフィットネスというのは、「身体をフィットした状態にしておくこと」。
健康を越えた状態なのかは人それぞれですが、自分自身が思い描く状態に身体をフィットさせることが優先される、ということは整形する人たちの心理ともリンクするのではないか、ということです。

まぁ、でも、最終的には整形をしても、フィットネスを続けようが、本人が「幸せ」を感じているかどうかが重要なのかなと思いますが、結局そこをうまく計るのは難しいようです。

それに対しては、前に紹介したことがある、『幸せのメカニズム』の4つの指標が有効かな、と僕は今の所考えています。
2016.01.02 Sat l 月間読書レポート l top
一昨日、ムスメM(4歳)に「明日の次は12月だねー」と言われて驚愕し、先日、「一年がはえーな」と言っていた高校生たちに「年取るともっと早く感じるよ。早く感じることで年を感じるよ。」と答えたワタクシ。
12月になったので、今月も恥をさらして先月読んだ本について書いてみたいと思います。

11月半ばからツレが多忙を極めるようになり、その余波で僕も余裕がなくなってしまいました。
ツレ連日深夜帰宅→僕が全て家事育児を担う→体力&精神力を奪われる→家事育児&仕事以外完全に余裕をなくす→忙しいとわかりつつも家にほとんどいないツレにつらく当たる→家の雰囲気が悪くなり更に精神力を奪われる→ツレ余計に家に寄りつかなくなる(?)、というようなスパイラル、というかイコールのような情況がついこの間まで続いていました。

季節的に僕も忙しい時期に入っていくのですが、これから大丈夫なのだろうか…。
シングルで複数の子を育てている人や、パートナー(主に男)が家に殆ど帰ってこないワーキングマザーを今ほど「すげーな」と思ったことはありません。。。


永続敗戦論――戦後日本の核心 (atプラス叢書04)


夏に読もうと思っていた本を読み終わったのが秋の終わりになってしまいました。
タイトルに「敗戦」と入っているので、70年前の戦争をどのように捉えるか、捉えなおすか、と言う内容だと思っていたら、良い意味で裏切られました。
70年前の戦争を当時どのように捉えたのか、ということを解き明かしながら、それが決して70年前の出来事ではなく、今も尚続いているのではないか、というものです。

特に、最初の方の著者の切れっぷりは、同じような意見を持つ僕にとっては、近年こんなに歯に衣着せぬ言い方をしている方を知らなかったので、爽快な気分になりました(批判している内容はかなり深刻なのですが)。
逆に言えば、物事(というか出来事)を全く違うように捉えている人にとっては、許せない物言いのようで、Amazonのレビューでは賛否両論が入り乱れていました。
Amazonのレビューが件数も多く、賛否両論入り乱れているというのはジャンルは何であれ読んでみる価値はあると僕は思っているので、読んで良かったです。



「学力」の経済学


僕は軽く読んだことがあったのですが(そしてこのブログでも少し触れたのですが)、ツレが「買ったから読んでみる?」と渡してくれたので、読んでみました。
文字が少ないのですぐに読めます。
改めてゆっくり読んでみて思ったのは、「教育のことで決定的なことを言うのはなかなか難しい」ということです。
もちろん、本の中で示されるように、「東大生の出身家庭の半数以上は年収1千万以上」とかの「事実」はあるものの、でもそれは「子どもを東大に入れるには年収1千万以上が必要」ということでは決してないわけです。

まぁ、でも何にせよ、著者が指摘しているように、経済の問題・課題を専門外の人(例え大臣でも)が発言しても相手にされないのに、教育については専門外(たとえば他の大臣)が発言したら大きく報じられるのはどういうことなのだろうか、というような指摘は最もだと思います。
毎年の様に、教員を削減すべき、だとか、少人数学級を増やすべきだというような意見が紙面を飾りますが、そのような意見を自分の【感覚】で語る前に、その第一歩としてこの本は広く読まれると良いな、と思います。



幸せのメカニズム 実践・幸福学入門 (講談社現代新書)


僕も構成員になっている「秘密結社 主夫の友」が10月に行った「「主夫志望男子」と「働き女子 」のためのハッピーワークショップ」でハッピーワークショップを担当して下さった慶応大学の前野教授の本です。
(本来ならばイベント時のものの4倍の時間をかけて行うそうですが)ハッピーワークショップでの説明やYouTubeに載せている前野教授の講義を既に見ていたからか、内容としては新しさは感じませんでした。
より詳しく分かる、という内容ですが、手っ取り早く幸せを感じる4つの因子を知りたかったら、YouTubeの動画を見た方が良いかもしれません。



ハッピーワークショップや本を読み、書かれていることは「確かにそうかもしれないなぁ。少しでも実行していかなきゃ」と思ったものの、結局まだ何も実行出来ていません…。
余裕をなくしている今だからこそ、少しでも実行していきたいな、と思います。



ぼくらの民主主義なんだぜ (朝日新書)


「10万部」とかいう見出しで広告も出ているので、読んだ人・持っている人も多いのではないかと思う本書。
元々は朝日新聞に毎月掲載されている「論壇時評」の4年分をまとめたものです。
僕は朝日新聞を購読しているので、どれも読んだ事があって、(デジタルでですが)スクラップも取っているのですが、本としてまとめられているということの良さを考えて購入しました。

ちょうど朝日新聞での連載が2011年の4月から始まっていて、東日本大震災、福島第一原発の事故、原発再稼働、特定秘密保護法、安保関連法などの「大きな出来事」について書かれています。
そのほかにも大阪での出来事、ISILによる日本人殺害、教育、憲法、皇后についてなど、様々な事に触れられているのですが、4年前の出来事であるにも関わらず、「過ぎ去ろうとしている」という現実を直視する良い機会になりました。

ここに書かれていることは、上に書いた『永続敗戦論』と共通する指摘があり、「なかったことにする」あるいは、「とりあえず誰も責任を取らずに時間が経過して風化するのを待つ」というような態度に杭を打つ様なものであると感じました。



[まとめ買い] 新世紀エヴァンゲリオン


最後に、息抜きにですが、先日、AmazonのKindleで新世紀ヱヴァンゲリヲンのコミックが一冊50円で売られていたので、まとめ買いしてしまいました…。
確か僕が中学生になったときくらいから連載が始まり、かなりのスローペースだったので、まだ完結していなかったのですが、結婚する際に処分してしまいました。

なので、コミックでどのように完結するのか知らないままだったのですが、全14巻買っても700円、ということですぐに買ってしまいました。
僕が小学生高学年くらいの時にテレビアニメが始まり、(思春期だったので)ヱヴァンゲリヲンを見たりすると、その時のイヤな思い出も同時に蘇ってきてしまうので(ヱヴァンゲリヲンの主人公たちも中学生ですし)、読んでいると苦しくなるときもあるのですが、それでも読んでしまう、というのはこの作品の持つ魔力とでもいうものなのかもしれません。
2015.12.01 Tue l 月間読書レポート l top
11月になったので、先月読んだ本について書いてみたいと思います。

まずはこれです↓


大不況には本を読む (河出文庫)


橋本治さんの本を読むのは初めてなのですが、コラムが割と好きなのもあって、タイトルに惹かれて読みました。
社会風刺というか、社会をどのように見るか、ということを文字通り「つらつら」と書いてあります。
Amazonのレビューではものすごく低い人がいましたが、結論に至るまでの「つらつら」が長いので、苦手な人にとっては読んでいて苦痛を感じるレベルのような気がします。


母がしんどい (中経☆コミックス)


この本については、僕が今更何かいうようなものではないのですが、Kindleでかなり安かったので改めて読んでみました。
いわゆる「毒親」という言葉が出てくる前の親子、特に母子(子は女性)関係のしんどさを語るコミックエッセイです。
この本に関しては、もう、一言しか言えません。
しんどいだろうな、と。

でも、そこからようやく吹っ切れた著者には(と言っても母親なので、そう簡単には縁は切れませんが)、これからは親の呪縛から解き放たれた自分自身の家庭を築いて行ってもらいたいと心から願います。


ママ友がこわい 子どもが同学年という小さな絶望 (コミックエッセイ)


この本については、すでに書いたので(→『ママ友がこわい』)、割愛します。


今日はぐっすり眠りたい。 (幻冬舎文庫)


先月は(も?)具合を悪くすることが多く、なんでそんなに具合が悪くなるのか?と言えば、睡眠がちゃんと取れていない、というのがかなり大きな理由です。
ということで、不眠にずーっと悩まされていて、あんまり集中して活字を読むことも出来ない時に見つけたので読んでみました。
今まで試したことのある、ぐっすり眠るための方法もありましたが、今まで試したことのない方法も載っていたので、ちょくちょく取り入れています。
「今日はぐっすり眠りたい。」タイトル通りのことを毎日のように願っています…。


(日本人)


この本は何で見つけたのかまるで忘れてしまいましたが(どこかの本屋さんで見つけた?)、いわゆる日本人論というのは、歴史認識や政治思想が色濃く反映されたものも多いので敬遠していましたが、どうやらこの本はそういうものとは全く違うもののようだったので読んでみました。
いわゆる民族史などとも一線を画すものの、国際的な意識調査の結果から「日本にいる人」がどのように考える「傾向がある」のか、ということについての考察は納得が行くものでした。

が、後半の経済的な話については、上に書いた橋本治さんの『大不況には本を読む』とは全く考え方が異なり、僕自身の考えとも異なるものだったので、「う~ん、そうなのかなぁ」と思いながら読みました。


「居場所」のない男、「時間」がない女


最後は、この本なのですが、この本についても、既に書いたので(→『「居場所」のない男、「時間」がない女』)割愛します。

うーん、先月もあまり本を読んでいませんね…。
2015.11.04 Wed l 月間読書レポート l top
昨日の続きで、9月に読んだ本について書いていきます。


[音声DL付]現代語訳でよむ 日本の憲法 ー憲法の英文版を「今の言葉」に訳してみたらー


この本は、僕が聞いている荻上チキがパーソナリティを務めるラジオ番組「セッション22」で紹介されたので興味を持ち読んでみました。
翻訳家(英米文学)の柴田元幸さんが翻訳し、柴田さんが全く法律の知識がないといことで、監修に木村草太さん(首都大学准教授)となっています。
お二人がセッション22に出て、翻訳にまつわる話をしたり(木村さんとの対談を通して柴田産が翻訳を変えたり)、音声が付いているので条文を聞いたりしていました。

2015年09月21日(月)柴田元幸・木村草太「現代語訳でよむ憲法」Session袋とじ
(僕は22時は寝ようとしている時間なので、普段はポッドキャストで聞いています。)

柴田さんが翻訳した小説にはいろいろお世話になっていて、その人がどういう風に日本国憲法を訳したのかとても興味が持ったことと、木村さんとのやりとりがとても面白かったので、Kindle版で読んでみました。

憲法を前文からちゃんと通して読んだのはもしかしたら中学生以来だったかも知れません。
大学の授業で日本国憲法がありましたが、前文から最後まで読んだ記憶はないので…。

本には、柴田さんが翻訳した文、英語(憲法が発布されたときGHQの統治下にあったので、英語版があります。)、そして、その後に柴田さんと木村さんの対談、最後に発布されている日本語の文が載っています。

これを読んで思い出したのが、かつて新約聖書をギリシア語から翻訳したときのことです。
ギリシア語を習い始めたばかりなのに、それこそ本当に「ガリガリ」と日本語に翻訳していきました。
聖書は一般的に出回っているものから、大きな書店版だったり、教会版だったり、新約聖書学者版だったり、方言版など、日本語だけでも様々なものが出ているのですが、それでも尚自分で訳す、ということに大きな意味があるのを感じました。
自分で翻訳したものが決してオリジナルなものにならなくても(他の翻訳と同じものになっても)、理解が深まったり、他の人の翻訳を知ることで、いろんな翻訳(解釈)が出来ることが分かりました。

今回のこの本は、憲法を英語から日本語にする、というものでしたが、柴田さんの翻訳を読みつつ、英語を読むことで、どういうことが書いてあるのか、自分だったらどういう訳になるだろうか、ということを考えることが出来ました。

憲法を巡って、いろんな解釈や理解に関して議論が飛び交っていますが、改めて、憲法そのものをゆっくり読む、ということは中学生の時以来にちゃんと読んだ身としては必要なことだと痛感しました。


ちゃんと読んだ本ということではここまでで終わりなのですが、雑誌も読んでいるので、こちらも触れておきます。


DAYS JAPAN 2015年 10 月号 [雑誌]


この雑誌は、フォトジャーナリズムの雑誌で、主に写真を撮った人が写真とともに、その写真にまつわる話を書いています。
初めてこの雑誌を知ったのは、沖縄の辺野古に行ったときで、座り込みをしている方々のところに置いてあったので読んでみたら面白かったので、それ以来購読しています。
一時期、購読者がすごく減ってしまい、続けられるか分からないというようなこともありましたが、原発事故のあと、有名になり購読者数も増え、ずっと編集長はフォトジャーナリストの広河隆一さんでしたが、世代交代もしました。

今回の表紙になっている写真もそうですが、文章を読まなくても(読めなくても)、写真で多くのものを訴える、ということがあり、僕にとっては世界のことを知る1つの重要な情報源になっています。


雑誌では、最近、ツレがよくAERAを図書館から借りてきて、「こんなのあったよー」と渡してきたので、数冊読みました。
たとえばこれとか↓



このほかにもいくつか読んだのですが(中学受験やLGBTが特集のもの)、特集で面白かったのは残念ながらありませんでした。

それよりも、僕が毎回読んでいるのは、小島慶子さんの「小島慶子の幸複論」という連載で、対談の時もあれば、一人での文章もあるのですが、その切り口が面白く、いつも読んでいます。
1頁文しかないので、文章量も多くありませんが、本になってまとまったら改めて読みたいな、と思っています。


通読したものじゃないと、書いていませんでしたが、以下の本はぱらぱらとたまにめくって読んでいます。



こちらは図鑑なので1頁から最後まで読み通すというようなものでもないし、ちょっとした息抜きや、たまたま気になった時にぱらぱらとめくって探したりして読んでいます。
この本は、ツレ母が「面白いわよ」と言って紹介してくれたので、読んでみたら面白くて読んでみました。



あとは、これです。
村上春樹さん初めての電子書籍です。
今年の初めに村上さんがホームページ上で受け付けたメールに答えたものです。
あまりにも質問が多かったので、書籍版もありますが、書籍版は抜粋したもの、電子書籍はコンプリート版になっています。

今回は僕もツレも残念ながら質問には答えてもらえませんでしたが(ツレは前回答えてもらっています)、これもKindleに入れておいて、(あまりにも質問と答えが多いので)暇な時とか、気分転換するときに、読んでいます。
2015.10.06 Tue l 月間読書レポート l top
10月になったので、先月読んだ本について書いてみたいと思います。
今こうしてどれ読んだっけ?と思い出しながら書いていると、あんまり読んでいなかったことにちょっと愕然とした気分になっています…。

あと、今まで2回、こうして前月に読んだ本について書きましたが、一冊一冊に関して書く量が多すぎて、ちょっと疲れるので、今回はかなり一冊一冊について軽く触れていきたいと思います。


教育という病~子どもと先生を苦しめる「教育リスク」~ (光文社新書)


まずは、これです。
教育関係者、あるいは、子育て中の人、必読の書です。

著書の内田良さんは、柔道での死亡・重傷事故が多かったときから学校での事故に関して活発に発言していた名古屋大学の教員です。

学校内で起きる事故はどのようなものがあるのか、そしてその理由は何か、ということを(驚くことに)内田さんが初めて情報を整理し、可視化させました。

その結果、柔道事故は減り、2012年度から2014年度まで3年間は死亡事故が起きていません。
それが出来たのは、まず、事故があるということを可視化させ、原因を突き止め、その原因を排除し、予防するということが行われたからです。

柔道はうまくいったのですが、今でも、教育課程の中に組み込まれていない、運動会の組体操でのピラミッドなどでは死亡事故も高い確率で起きていて、背骨を折るなどの重傷&後遺症の残る事故が起きているにもかかわらず、それをやめようとしない現実にも触れられています。

(懸念されていたにも関わらず、また事故が起きてしまいました↓。
大阪・八尾市の中学校運動会で組み体操ピラミッド崩れ、6人けが(FNNNews))

また、大リーグのサンフランシスコ・ジャイアンツに所属している青木宣親が休養していることから話題になり始めた、脳しんとうについても、そのリスクと予防が詳細に書かれています。

日本ではとかく根性論がまかり通っていることから(羽生結弦選手が他の選手と激突したあとに結局は演技を続けたのは明らかに自殺行為でした)、まずは、事実を確認する意味でも大切なことが書かれていると思います。



AVビジネスの衝撃(小学館新書)


この本は、先月取り上げた、『ルポ 中年童貞』、『職業としてのAV女優』に続き、同じ中村淳彦さんの著書です。

どういう人がAV女優になるのか、ということやAVビジネスの実態を知ることは、以前読んだ『最貧困女子』につながる話かと思って読んでみました。

内容としては、『職業としてのAV女優』に重複する部分がかなりありましたが、『職業としてのAV女優』では伏せ字や仮名になっていた人物が実名(といっても芸名ですが)で載っていたので、『職業としてのAV女優』では、言っている人物が分からずどのくらい信憑性のなる話なのかがわからなかったものが、具体的な人物の言葉となり、読み手としても判断しやすくなりました。

が、『職業としてのAV女優』でも気になったのですが、現在のAVビジネスの危機的状況や、危機的状況だからこそ健全化してきたという状況を著者が目の当たりにしすぎているためか、先日も報道されていたAV出演を強要されたという人達の訴えには冷淡な記述になっていると感じました。
AV出演拒否で違約金迫られる被害相次ぐ

AVビジネスがいくら【以前と比べて】健全化しようが、AV出演を強要されるという事実はあるわけで、それを軽んじることは出来ないと思うのですが。



男子の貞操 ――僕らの性は、僕らが語る (ちくま新書)


この本は、確か、以前新宿の紀伊國屋書店かどこかで棚に並んでいるときに目にして「えっ!」と思ったので読んでみました。

「えっ!」と思った理由は、著者がホワイトハンというNPOの代表で、ホワイトハンズが設立された当初から知っていたからです。
ホワイトハンズというのは、「男性障害者への射精介助を行う」団体で、その活動内容からいろんな批判が浴びせられていました。

ホワイトハンズの活動や、ホワイトハンズへの批判に関して僕がどう考えているかはここでは書きませんが、ホワイトハンズの活動と『男子の貞操』というタイトルが不釣り合いのように感じたので「えっ!」と思ったのです。
それに、この『男子の貞操』と次にあげる『はじめての不倫学』が同じ著者の本として並んでいたので、ますます訳がわからなくて、両方とも読んでみることにしました。


はじめての不倫学~「社会問題」として考える~ (光文社新書)


『男子の貞操』については、著者はこの本が男性が性を語る「古典」になって欲しい、という意気込みで書いたようですが、この本よりは、哲学者(今年度から早稲田大学教授)の森岡正博さんの『決定版 感じない男 (ちくま文庫)』の方が思想的な深みというか、思考が深まっているように感じました。

『男子の貞操』の著書、坂爪真吾さんはもともと社会学を学んでいたようなので、アプローチが違うのは当然なのですが、「古典」となるには、あまりにも網羅的に表面を削っただけのように感じてしまいました。

けれど、電車内で見かける週刊誌の中高年向けの記事タイトルを見て(たとえば「60を過ぎても~」とか)、僕は嫌悪感を感じていましたが、実は「男性による射精至上主義、挿入至上主義」という抑圧なのでは、という考察があったりと、これには僕も確かにそうなのかもしれないな、と感じました。
決定的に女性の観点がない、ということだったり。

『はじめての不倫学』については、不倫というものを真面目に論じていて、当事者の話も多く盛り込まれていたので面白く読みました。

個人的には、旧約聖書に登場する主要な人物で妻としか関係を持っていないのはイサクだけとかの指摘は、そういう視点で読んだことがなかったので面白かったです。
始祖とされるアブラハム然り、「理想の王」とされるダビデ然り。
(イサクに関しても記述がないだけで、実際は分からないし、今ではキリスト教は一夫一妻制を堅持させようとしているにも関わらず、旧約聖書の特に世界の最初が書かれている『創世記』でそのような記述になっているのは、とても興味深いです。)

まぁ、でも、著者による、不倫へのワクチンとしての最終的な提案が、受け入れにくい内容だったので、賛否両論起きそうな気がします。
というか、具体例の1つが結局は、「関係を金で買ってんじゃん」って思う内容だったので、性風俗と何が違うのだろうか、と思ってしまいました。

ちなみに、決して不倫を勧める内容ではないのですが、この本を読んだ人の方が不倫に走りそうで、むしろ『男子の貞操』の方がパートナー以外との性的接触を避ける処方箋的意味があるような気がします。
(『男子の貞操』の方が、不特定多数との性的接触のリスクを冷静に判断できるような記述になっているため)


と、ここまで書いてやはり長くなってしまったので、明日後編を書きたいと思います。
2015.10.05 Mon l 月間読書レポート l top