先日、秘密結社 主夫の友に、学生に家庭内インターンを提供しているスリール株式会社から「学生たちに主夫として話をしてほしい」という依頼がありました。
基本的に人前に出る依頼(TVなどで大勢集まって欲しいと言われる時以外)はCEOや広報担当の2人が行くのですが、今回は、メディアに出る依頼ではないということで、他のメンバーが渋ったので(平日夜や休日は主夫にとっては都合が付きづらいということで)、僕もツレが仕事だったので子どもたち3人を連れて行ってきました。

話をしたのは、子どもがいる家庭に4ヶ月のインターンをしている学生たち40人(女性9:男性1)で、インターン期間の半分(2ヶ月)を終えての研修ということで、学生たちが興味を示した生活スタイルを送っている4人のうちの1人(主夫)として呼ばれました。
他に呼ばれていたのは、ファザーリング・ジャパンでもつながりのある育休を数回取得したTさん(共働き男性)、転職を数回経験し共働きで子どもが2人いる女性、専業主婦経験がありかつてスリールでインターン経験のある女性でした。

まず、4人が5分ずつくらい自己紹介し、司会に質問される形でのやりとりが30分、その後1時間は学生10人のグループが15分ずつ4人の話を順番に聞くという形でした。

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僕としては主夫の友経由での依頼だったので、「主夫」としての生活について質問が中心になるのかと思っていました。

が、最初の自己紹介の時に司会をしていた方もそうだったのですが、僕のプロフィールで「事実婚」ということも興味を持ったようでした。
自己紹介では「夫婦別姓」やそれによる「事実婚」については僕からは話さなかったのですが、司会の方に質問される形で答え、そこでのやりとりが短かったからか、学生たちからも多く質問されました。

①なぜ、事実婚にしたのか?
②なぜ、夫婦別姓にしたいのか?
③事実婚のメリット、デメリットは?

中心となる質問はこの3つでした。

①と②は重なる部分が沢山ありますが、姓というのは「アイデンティティ」であり、僕は姓を強制的に変えられたくないし、誰にも姓を変えることを強要したくない(変えたいと思っている人に変えないことを強要したくない)と考えていることを話しました。
また、夫婦別姓についての基本的な話として、僕が結婚する以前から(確か中学生くらいの時から)選択的夫婦別姓制度については国会で話が出て来ていて、国連の女性差別撤廃委員会からも勧告が出されていました。
なので、僕も結婚当初、楽観的に「そろそろ民法も変更されるだろう」と考えていたこと、でも、2015年の最高裁の判決では、20年以上も何もしなかった「国会」に話を差し戻し、選択的別姓制度がないことによる不利益・不都合さは「通称使用で緩和される」と一度も改姓した経験の無い人間によるばかげた理由を用いたことで、民法が改正される見込みがないと判断したということも話しました。

③については、「実感(感覚)」という部分と「制度」の話は別にしなければいけないと思ったので、まずは「制度」について話しました。
事実婚では
・配偶者控除がなくなる。
・親権が片方になる。
・死んだ際、相続が出来ない。
・その他、病院や保険など、その組織に判断がゆだねられているグレーな場面がたくさんある。
配偶者控除以外は、親権ならば共同親権に関する契約をし、相続に関しても遺言を残すことで受け取る事が出来ます(が、相続税は配偶者よりかかってしまう)。
また、僕らが入っていた保険は、法律婚を解消しても名前の変更だけで大丈夫でした(これは保険会社によるので確認が必要)が、病院などによっては、例え配偶者であっても、同居している親であっても、親権がないことで面会出来なかったり、手術の同意書に署名出来ないことがあります。
でも、その場合に不利益を被るのは僕であること(親権はツレであり、子どもたちの姓はツレの姓)、僕らはそもそも配偶者控除の適用外だったので、事実婚にすることが出来たました。

そして、「実感(感覚)」部分ですが、昨年末の次男とのスペイン旅行でも、僕が一番懸念していた入管でも全く問題にならなかったことも話しました(スペイン出国時に「親子?」と聞かれたのみ)。
これには、驚いていた方も多かったのですが、僕自身もそうですが、いかに「親子は同じ姓であることは当たり前のこと」という認識が根付いているということを表しているように思いました。
日本では当たり前のことであっても、世界ではそうではないかもしれない。

僕自身はそれを意識するきっかけとなったので、学生たちも少しでもそういうことを考えてもらえるきっかけとなったら良いな、と思います。
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2017.01.30 Mon l 夫婦別姓について l top
ご無沙汰しています。

12月から体調を崩し、体調回復に努めたいということと、夫婦別姓に関してのあれこれでブログを書くモチベーションが全くなくなってしまったので1ヶ月以上更新できませんでした。
が、体調も最近回復傾向にあり、書きためていたものもあるので、更新できていなかった期間のものも少しずつアップ出来れば良いな、と思っています。

とりあえず、お知らせというか。
先日(2月1日)発売されたAERAに夫婦別姓について取材された記事が載りました。

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実名ということもあるのか、記事の冒頭に出て来ます。
記事を書いて下さったのは、「秘密結社 主夫の友」も以前取材し、記事にして下さったことのある大塚玲子さんです。

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夫婦別姓にするために離婚し事実婚にしたという一連の出来事で、ツレとも関係が凸凹し、両親ともちょっと距離を置いているので、両親には全く伝えていなかったのですが、ツレに「AERA見たよ」と連絡があったようです。

どうやら、新聞の広告を見て、特集に興味が沸き、立ち読みしようかと思ったら、NHKの朝の連続ドラマ「あさ」に出てくる五代さま(ディーン・フジオカ)が表紙だったので買ってみたところ、自分の息子(僕)が記事の中に出て来た、ということのようです。

五代さま恐るべし!

ということで、コンビニなどでもまだ並んでいるので(というかAERAなので地域の図書館にも大概あると思います)、見つけたらご笑覧下さいませ。
今回の特集自体が「新・家族のカタチ」ということで、姓が親子で違う家族はもちろんのこと、LGBT家庭や、あるいは、一人きりで良いと長年思っていたけれど子どもが欲しくなって突然結婚する人や、コーポラティブハウスで集まって暮らしている方など、とても面白い内容でした。
2016.02.02 Tue l 夫婦別姓について l top
こんなことをわざわざ公にする必要はないとも思うのですが離婚しました。

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離婚した理由は、何度も書いているように、夫婦別姓にするためです。

先日の最高裁判所が出した判決で夫婦同姓が合憲ということで、しかもその理由の中に、「国会で論じられるべき」という理由に心底失望し、これ以上待ったところで選択的夫婦別姓制度が実現されることなど分からないということで離婚に踏み切りました。

最高裁の判決にはいろいろと思うところがありますが、僕が言いたいことはハフィントンポストに載っていた記事に書かれていたので、そちらを紹介しておきます。

「夫婦同姓強制は合憲」判決はなぜ「鈍感」か?(Huffington Post)


すんなり離婚が出来たように書いていますが、今回の「離婚」という判断に対してはほぼ全員に反対されました。
最終的に離婚届に署名をしてくれたツレも、この姓を強制的に変えられてしまうということの不便さやつらさは一切分かろうともしてくれませんでしたし、口には出さなくても離婚することを最後まで拒否していました。
拒否なんてしていないと本人は言うでしょうが、ここまで来るのに10年かかったことを考えれば、この時を10年待った僕からすれば、姓のことで離婚するということを理解せず、拒否していたとしか思えません。

夫婦別姓にすると離婚が増えるということを主張する人たちがいますが、我が家は夫婦同姓だから離婚することになったわけで、このような家族がいることをどのように考えているのでしょうか。
また、夫婦別姓にすると家族の絆や一体感が薄れると主張する人たちがいますが、僕はこの夫婦同姓という問題で、ツレとは決定的で深い溝が出来たと感じています。

10年振りに生まれた時から名乗っていた名前に公的に戻りました。
今思うことは、ただこの10年は何だったのだろう、ということ、10年という時間を費やしてようやく振り出しに戻れた感じがします。
10年という時を思えば、それは0に戻ったというわけではなく、自分の元々の名前を取り戻すために遙か遠くのマイナス地点に戻ってきてしまったような気さえしています。

離婚届に署名することを決断したツレはそれ以降の行動がとても素早かったです。
僕がイヤだと言っているにも関わらず、僕の両親に離婚届の証人の署名を取り付け、その足で本籍のある自治体に行き離婚届を提出していました。

僕としては名前を戻せるまたとないチャンスなので、イヤだと言っているのに僕の両親に署名をもらってきたことや、そのまま提出しに行ったことに何にも言いませんでしたが、結局ここでもこの問題に対してツレと僕とは全く別のところにいるのだな、と痛感しました。
ちなみに、僕が両親に離婚届の署名してもらうことをイヤだと思ったのは、そもそも結婚するときに僕が姓が変わることを嫌がった両親が10年経った今受け入れていて、僕が最高裁の判決を受けて離婚の話をした時に「いつか選択的夫婦別姓が認められるようになるから」と僕の判断に反対していたからです。
10年前は嫌がったことを10年経って受け入れたにも関わらず、その人たちに対してまた嫌だと感じていることを強制するということがどうしても僕は嫌だったからです。
それは、僕がこの10年散々強制されてきたことだからです。

でも、ツレはそれを僕の両親に強制しました。
ツレは誰からも姓を変えるということを強制されたことはなく、人に対しては平気で強制する。
そのような人間なのだな、と一緒に暮らしてきた10年だけれども、やっぱりそこでの立場が全然違ったので、もはやわかり合えることも出来ないような溝(あるいは距離)が出来てしまったのだと、象徴的な出来事でした。


10年振りに戸籍名が元に戻ったわけですが、そんなツレとの決定的な距離を感じてしまったことや、10年振りのこの地点が0ではなくマイナスだと感じることなどがあるからか離婚届を提出した日以降体調を崩しています。

離婚届を提出したところで、今までと何ら変わらない生活をしているので(子どもたちはそのこと自体知りません。教える必要も今はないと思い)、子どもたちも変わりなく過ごしていますが、それでもこの10年や、判決が出てから提出するまでの間の出来事で明らかになった隔たりがこれからの生活に決定的な溝を作ったような気がしています。

ちなみに、離婚届を提出しましたが、僕が戸籍を出て(親の戸籍には戻らず)新しく戸籍を作ることになったので、新しい戸籍の処理が終わるまで2週間ほどかかるとのことでした。
そして、さらに今は年末年始にかかるので、戸籍抄本などが取れるのが1月中旬になるかも、とのことで、まだ各種免許も銀行もクレジットカードもパスポートも名前の変更が出来ていません。
年が明けたらそれらの変更をしていきます。
2015.12.26 Sat l 夫婦別姓について l top
一昨日にも書きましたが、昨日(12月17日)の東京新聞朝刊に、夫婦別姓についてのインタビュー記事が載りました。
一日過ぎたので、自分のところなら写真を貼っても大丈夫かな、ということで貼っておきます。

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判決が出た後に電話での追加取材もあり、判決を聞いてどう思ったか、これからどうするつもりか、ということを含めてのインタビュー記事になっていました。
僕のインタビュー記事の右には国際結婚をした女性(フランス人女性)、上には事実婚の夫妻の記事になっています。

朝日、毎日、読売という三大大手新聞ではないからか、友人・知人からの反応は今の所はありませんが、某テレビ局からは「記事を読んだので取材させて欲しい」という連絡がありました。
その番組は日曜日放送のもので、結局、「番組構成上必要なくなった」ということで、取材はなくなりましたが、前々から判決が下ることが分かっていたことに対しての報道の仕方に某テレビ局と東京新聞の姿勢が鮮明に現れているように思いました。

丁寧な取材と記事にして下さった東京新聞の記者さんに感謝です。
(記者の署名記事ではないので、名前は書けず…)
2015.12.18 Fri l 夫婦別姓について l top
合憲判決が出てしまいましたが、それを踏まえて、明日(12月17日)の東京新聞に先日の取材内容(「夫婦別姓について新聞社から取材されました。」)含めて掲載される予定です。

今はただただ気持ちが沈んでいます。

ちょうど家にいたので、NHKを見ていました。

再婚禁止規定については違憲判決が出たので、そのまま続いて夫婦別姓も違憲判決が出るかと思いましたが、合憲ということで期待してしまった分ショックを受けています。

ちゃんとした判決文はまだ読んでいませんが、NHKなどの報道では、「通称使用で差別は大分緩和されている」というようなことを言っていたそうです。
これを聞いて、「男(改姓したことがない)側の意見だな」という印象を受けました。

すると、こんなツイートが流れていました。




この判決はあくまでも「男性」(姓を変えたことのない人)たちの論理による判決だな、と痛感します。

あと、「国会が議論すること」ということも言っていましたが、20年以上も国会が放置してきたので、司法に判断をゆだねた訳で、「国会が議論すること」というのは司法の逃げでしたないと思います。
国会も向き合わず、司法も向き合わなかったら、結局今までと同じように「現状維持」で終わるのが目に見えています。
そんな逃げ方をした司法にも怒りを覚えています。
合憲と判断するなら、もっとましな理屈を用意して欲しかったです。


僕自身については今後ペーパー離婚をします。
ちょうど年末年始で挨拶にも行くので、両方の両親に挨拶に行って、姓を戻すためにペーパー離婚するということを伝えてきます。
2015.12.16 Wed l 夫婦別姓について l top
ブログ書いていて良かったなぁ、と思う出来事というのはなかなかないのですが、久しぶりに書いていて良かったな、と思う出来事がありました。
(稼ぐ方法とかを研究して、面白いネタや書き方も考えていけば、それなりに書いていて良かった、とか思うのかも知れませんが…。)

タイトルに買いたように、ある新聞社さんからブログの記事を読んだので取材させて欲しいと連絡がありました。
内容は、夫婦別姓についてで、僕が妻側の氏に改姓したということから取材の申し込みがありました。
近々、来週の16日に最高裁での判決が出される予定なので、今の心境を含めての取材内容でした。

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選択的夫婦別姓実現のために僕の出来る事というのはほぼなくて、影響力も社会的地位もないので、ブログに書いたり、新聞に投書することくらいが関の山でした。
その、数少ない僕にも出来る事であるブログが目に止まって取材を受けた、ということは本当に嬉しく感じています。
自分から「取材してください!」と売り込んでも取材してくれないこともあるでしょうし(というかほとんどそうかも)。

まだ発行されていないのと、いつごろ記事になるのかも明確ではないので、どこの新聞かとかは書けませんが(ちなみに僕が購読している新聞ではありません)、発行が決まったら(あるいは発行されたら)、またここに書きたいと思います。
2015.12.12 Sat l 夫婦別姓について l top
先日の続きで、僕がなぜ選択的夫婦別姓制度導入を望んでいるのかを書きたいと思います。

僕がなぜ夫婦別姓を望むのか(←前回の投稿)

触発されたのは朝日新聞のフォーラム(夫婦の姓、どう考える?)でのそこに投稿されている意見ですが、昨日今日と結婚について解説する記事が載っています。

(教えて!結婚と法律:1)同姓規定、背景に「家制度」
(教えて!結婚と法律:2)旧姓使用や事実婚、困ることは?

特に2番目の記事には、法律婚と事実婚での差について書かれてあるので、「別姓が良いなら事実婚にすれば良いんじゃない?」という意見をお持ちの方には是非読んでもらいたいな、と思います。

それでは、前回に続いて、夫婦別姓についての【反対意見】に対しての僕の意見を書いていきます。


5.女性の権利を主張しすぎ、という意見について

日本の家族制度に反対する連中はたいていが女の馬鹿げたわがままを主張するフェミニストなので、相手にする必要はない。 男 40代


女性の権利主張が強くなり過ぎ 男 60代


別姓推進論を盛り上げる為のフォーラムでしょうか。違和感を感じます。別姓なんてありえません。
国や歴史によっていろいろな「決まり」がありますが、現代日本では夫婦同姓が「決まり」で、その前提の上に社会が成り立っています。
残念ながら、男女同権の推進とは言いながら実際は女性の優遇のみを推進する昨今の一部の間違った女権拡大論者の言い分のように聞こえてしまいます。夫の姓にするか妻の姓にするかは現在でも選択自由です。夫婦で十分話し合って決めればいいだけの事です。
仮定の話ですが、夫が妻の姓を名乗る事が法律で決まっていたら、こんな議論は起きるのでしょうか。起きたとしてももっと小規模だと推察します。 男 30代


夫婦別姓を望むことがあたかも【女性だけが抱えている問題】にされていることは僕自身もかなり疑問を感じています。
次に続けて取り上げることになりますが、法律婚をする際には、「夫又は妻の氏」を選択することになっているからです。
なので、現状95%以上の女性(妻)が男性(夫)の姓(氏)に改姓しているとはいえ、5%ほどの男性も女性の姓に改姓させられています。
なので、これは決して【女性だけが抱えている問題】ではないと僕は考えています。

けれども、上に引用した意見は、はっきり言ってしまえば、「女のくせに文句言ってんじゃねーよ」という各種ハラスメントが啓発されて、今までの様に振る舞うことの出来なくなってきた「おっさん」(それを言う人の実際の性別・年齢ではなく、比喩的な表現として)の意見に尽きると思っています。
「女のくせに」ということ自体が【女性差別】なのですが、本人たちはそれに気づいているのでしょうか。

そして、現に95%以上の女性が男性の姓に改姓されているという事実があり、本当に自由な選択、男女平等の文化があれば、このような一方的なことにならないので、現状が女性差別的規定であるということは当然の指摘だと思います。


6.現行法でも姓を選択できる、という意見について

私(男)は結婚の時、妻の氏を選択しました。
思うのですが、世の中の夫婦たちは、結婚の時にどちらの氏にするか、きちんと話し合っているのでしょうか。
「女性差別」だとかいう前に、話すべきことを話し合わなかった自分たちに落ち度があるとは思わないのでしょうか。
法律も、男性も、決して「夫の氏」を強制していませんよ。 男 30代


夫婦別姓は伝統からして受け入れられません。女性差別と言っているようですが、婿の場合だと、夫の姓が変わる訳だし、差別ではありません。変化すべきは、夫の姓を名乗るのが普通と考えることです。昔から妻の姓を名乗ることも多かったはずです。 男 50代


夫婦どちらの姓にするかは選べるはずなのに、結婚したら夫の姓になるのは当たり前という風潮に疑問を感じています。 女 20代



上の5のところでも書きましたが、現状では「夫又は妻の氏」を選択することになっています。
多くの男性がこのことを知らないようですが、女性(妻)の姓に改姓する男性(夫)もいます。

上に引用した2番目の意見では、男性が結婚に際し姓が変わるのは【婿養子】になること、という認識のようですが、それも違います。
婿養子ではなく、単に婚姻届にある【婚姻後の氏】という項目で、妻を選択しただけです。

この「男性が結婚に際し女性の姓に改姓=婿養子」という認識でいる人は少なくないようで、僕が結婚に際し改姓したことを知った人に「婿養子なのか」と何回か言われたことがあります。
そのたびに「違います」、結婚している人に対してならば「婚姻届に氏の選択欄があったでしょう?」と聞いても、「婿養子なの?」と聞いてきた人がみんな男性だったからか、「そんな項目あったっけ?」という反応でした。

まぁ、この「婿養子なの?」と聞いてくることや、そもそも結婚相手の姓が変わることに無頓着な男性の姿を目の前にすると、無意識の女性差別、というように感じました。
それと、「婿養子なの?」と聞く、ということは、「男性が姓を変えることは、通常ではあり得ない」と考えているということであり、これもまた、女性にはその「通常ではあり得ない」と考えていることを強いている、ということであり、女性差別、そして、改姓した男性に対しての差別でもあると僕は感じています。


7.その他の意見について

他にもいろいろな意見があったのですが、短いコメントで僕の考えを書いていきたいと思います。

別姓の場合、離婚率が高いと、また就学児童がいじめの対象になり易いと聞いた事がある。仕事上で別姓を使う事には反対しない。 女 30代


証拠を出して下さい。
「家族の一体感」が壊れるという様な意見と同じで、何の根拠も証拠もありません。

自分の旧姓には全く愛着がない。自分の姓を守るという考えが逆に家に縛られた古い考えの気がする 女 30代


「自分の姓を守るという考えが逆に家に縛られた古い考えの気がする」というのは、そのままの姓を名乗ることが「家」と勝手に関連づけられていますが、それも縛られた考え方なのではないかと思います。
そして、逆に結婚したら姓を変えるもの、という考え方に縛られているのではないかと思います。

1.夫婦別姓は、自己中心的で子供達のことを考えているとは言い難い。
2.姓ごときで文句言う暇があるのなら、もっと重要なことで議論すべきことが世の中には数え切れないほどある。 男 50代


1については既に以前答えたので、2についてですが、あなたはそうすれば良いと思います。
あなたにとって切実な問題が、他者にとって切実ではない問題であることがあるように、あなたにとって切実ではない問題が、他者にとって切実な問題である、というそれだけのことです。

これを認めると別姓を名乗りたい人の要望を満たすためだけに、役所の戸籍や住民票のシステムを変更することに成る。金融機関、年金等まで含めれば千億単位で費用が発生する。国の借金がとんでもない額になっている昨今、そこまでの費用を負担してまで変更する意味があるのか疑問を感じる。 男 50代


システムを変更することの意味や経済的な負担と権利を守るということは全く別の話です。
誰かに傷つけられたりすることから誰しもが守られる権利がある、と主張し、実現することに多大な「費用が発生する」から放っておく、ということはありえるのでしょうか。
警察を維持するのにも当然「費用が発生」していますが、「そこまでの費用を負担」する意味があるのか疑問と考えているのでしょうか。

家族としての覚悟。そして一緒に生きる覚悟の為に同じ姓は必要。
そして子供のためにも一つを感じる姓が必要。 男 20代


覚悟って、何でしょうか。
どうやったらそれを測ることが出来るのでしょうか。
夫婦同姓って、踏み絵ですか?
何度でも繰り返しますが【夫婦同姓】に意味を見いだしたり、幸福を感じる人はそのまま夫婦同姓を選択すればいいだけです。
それを何故望んでいない他者に強制するのかが、わかりません。


8.あなたの権利や自由は奪うつもりはないのに、何故私たちの権利や自由を奪うのか

最後に、僕が一番言いたいことを書いておきます。
既に今までのところでちょくちょく書いてきたことですが、僕が夫婦別姓の議論の中で反対する人たちの意見で一番疑問に思ったのは、夫婦同姓を望む人たちの権利や自由を奪うことはないのに、何故夫婦別姓を望む人達の権利や自由を奪うのか、ということです。

夫婦別姓を希望している人たちは(少なくとも僕や僕が実際にこの件について意見を聞いた人たち)は、夫婦同姓というあり方を一切否定していません。
「結婚したら全員が夫婦別姓でいるべきだ」と主張しているのではなく、「夫婦同姓でも、夫婦別姓でも選択できるようにしてほしい」と主張してます。

しかし、それに反対する人たちはいろいろな意見(時には根拠のない自分の感覚)を押しつけてきます。

反対する人は気づいているのでしょうか。
夫婦同姓を維持する、ということは、夫婦別姓でいるという自由と権利を侵害しているということを。

何故その権利や自由があると考えるのかと言えば、日本国憲法第24条に以下のように記されているからです。

1.婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
2.配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。



女性であれ、男性であれ、結婚するというときに、どちらか一方の姓を選択しなければならない(どちらか一方の姓しか名乗ることが出来ない)という現状が、夫婦が「同等の権利を有する」とは考えられないし「両性の本質的平等に立脚して」いるとも考えられないのです。

「同等の権利を有」し、「両性の本質的平等に立脚して」いるのであれば、どちらか一方の姓に強制的に改姓されることは憲法の趣旨に反しているのではないか、ということです。
2015.11.26 Thu l 夫婦別姓について l top
昨日書いたように、朝日新聞が12月16日にも出される予定の最高裁判決を前に、夫婦の姓に関する意見を募っています。

夫婦の姓、どう考える?(朝日新聞)

最高裁判決を間近に控えているこの時に、僕自身が何故夫婦別姓を望んでいるのか、今一度ちゃんと書いておこうと思いました。
しかし、考えれば考えるほど、どういう形で書けば良いのか分からなくなりました。
そこで、朝日新聞のフォーラムに載っている意見の中から、夫婦別姓に【反対】の意見を取り出し、それに対して僕の考えを書けば僕の考えがはっきりするのではないか、と思いました。
つまり、鏡に映すことで、直視するよりも形がくっきり認識できるのではないか、と考えたわけです。

そこで、朝日新聞に載っていた意見を引用しつつ、僕の考えを書いてみたいと思います。

1.子どものことを考えろ、という意見について

夫婦別姓の論議でいつも思うのだが、子供の意見が全くといっていいほど無視されている。
家族の問題なのに、子供が蚊帳の外状態で論議するのはおかしいのではなかろうか?
子供の意見を踏まえた上で論議していただきたい。 男 40代


別姓反対です 子供のためには、同じ姓の両親の安定的傘に守られて、安心して暮らせる環境が何より大切 自己のアイデンティティ維持というだけの過剰な自意識から、夫婦別姓で子を混乱させるべきではない 他人が1人の子の両親の名前を二つ覚えなければならないのは面倒だし、複数の子の姓が違えば同じ家族と認識するのも難しい 研究者やクリエイティブな仕事をする人で、旧姓時の実績との連続性が必要な人は、旧姓を通称として仕事すれば良い 晩婚化が進み、一般職の人も慣れた旧姓のまま仕事したいかも知れないが、仕切りなおしは一回すれば後はすっきり整合する 婚姻時どちらの姓にするか話し合い決めるので特に女性に不利とは言えない 女 60代


結婚=子どもが生まれる、という前提がそもそも間違いなのではないか、と思います。
結婚は憲法第24条1項に定められているように(「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。」)、子どもより先に両性(これの解釈の如何はここでは省きます)の合意のみに基いて成立するものです。
なので、子どものことを持ち出すのはまず見当違いだと思います。

が、一応、この件について書いておくと、親の姓が違う、ということを我が家の子どもたちは当たり前のこととして捉えているようです。
先日も、娘は保育園の行事で(疑似のお買い物をするため)お金が必要で、その暗証番号が「両親の名前」だったのですが、僕と妻の名前を姓から別々に答えていました。
とまどったのは大人(保育士)たちで、本人はそのまま答えていたそうです。
もし、2人とも一緒じゃなきゃおかしい、と思うとしたら、「両親は姓が同じじゃなきゃおかしい」という考えの人が周りにいるからで、それは「両親が揃っていなきゃおかしい」という考えの人たちがいることと同じ事です。
そういう人もいるかも知れないが、そうじゃない人もいる、それだけのことです。


2.家族は姓が同じものだ、という意見について

私は独身の女性ですが、将来結婚する男性と同じ姓になることにしあわせを感じます。将来、子供が産まれても同じ家族で姓が違うなんて考えられないです。 女 20代


婚姻後家族として同一姓になることは、ごく普通のことだと思うし自分もそのようにしたい。 女 20代


 40年近く慣れ親しんだ姓から私の姓へと、夫が変わってくれました。
私の周囲ではイエを継ぐ立場にある人が結婚するときは、男女の別なく相手のかたに改姓していただくのが当たり前です。
 これから夫には「チーム○○」のキャプテンとして、頼りにしていくつもりです。
なのにゼッケン(別姓)が一人だけ違うと、同じチーム員であるという存在を否定されているように感じます。
自分の姓にこだわりのない同士では、ジャンケンで決めた知人もありました。
 どちらの姓にするかは平等なのだし、旧姓を名乗り続けたいからこその同姓なのではないでしょうか。
結婚=女性側が嫁ぐ、という前提で話されていて違和感を否めません。 女 30代


結婚した相手と同じ姓になることで幸せを感じるだとか、同一姓になることが【ごく普通】だと考える人たちは、そのまま同姓になれば良いだけです。
僕(というか殆どの人)は選択的夫婦別姓制度を望んでいるので、同姓が良いと考える人たちに別姓になれ、と主張しているわけではありません。
では逆に、同姓が良い、と考えている人たちは、何故、別姓が良いと考えている人たちに同姓になれ、と主張するのでしょうか。
今裁判で争われているのは、この点(強制的同姓、あるいは別の言い方をすれば、別姓の自由の侵害)です。


3.夫婦同姓は日本の文化であり、歴史がある、という意見について

夫婦同姓で歴史を紡いできた。何が不都合なのか理解できない。 男 50代


それぞれの文化と歴史を大事にすることは世界より遅れているとは思いません。
何故別姓にこだわるのか全く理解できません。 女 30代


まずは、日本での姓についておさらいしてみたいと思います。
(始まりをどこに持っていくかは議論がありますが、とりあえず、中世以降で考えてみたいと思います)
日本では、長い間、姓=氏は一部の人にしかありませんでした(認められていませんでした)。
それを、1875年(明治8年)2月13日太政官布告で「氏」(=姓)の使用が義務化されました。
その一年後の1876年(明治9年)3月17日に太政官指令で「夫婦別氏制」が出されています。
その後1898年(明治31年)、旧民法で「夫婦同氏」が制定されました。
現民法は、この旧民法を踏襲し、夫婦同氏(夫婦同姓)となっています。

つまり、日本での夫婦同姓という制度は、120年くらいの文化であり、120年くらいの歴史があるだけです。
これが「日本の文化」あるいは「日本の伝統」という風に言い切ってしまうことに僕は違和感を感じています。
なぜなら120年前、というと、僕からすれば、母方の祖父が生まれたころの話だからです。

これからも夫婦同姓を続けていけば【歴史】になるのかもしれませんが、僕が卒業した大学、あるいは僕の勤務先よりも短い歴史のものを【日本の文化】と言いきってしまえるのでしょうか。
文化、伝統、歴史ということを持ち出すのならば、そもそも姓(氏)が義務化されてすぐの時には「夫婦別氏制」を取っていたので、そちらの方が日本の歴史、ということも出来るのですが、どのように考えているのでしょうか。


4.夫婦別姓にしたいなら結婚しなければ良い、日本から出て行け、という意見について

結婚とは社会生活に於ける契約行為であり、その契約は「どちらかの『家』の一員となる」ことが条件となっている。その条件に従えないならば、結婚しなければ良いだけのこと。我を押し通すためにルール自体を変えようとするのは、本末転倒ではないか? 男 50代


姓の選択も含めて両性の合意で結婚は成り立っているはずなので、憲法違反でもなんでもないし、国連や外国などに言われて伝統的な価値観や文化を変えるのは愚の骨頂だと思う。嫌なら外国に行けばいい。別姓推進は外国の文化侵略。 男 40代


別姓論者の言い分は「自分の」考え方、「自分の」利便性など、「自分の」都合、我儘ではありませんか。
日本の社会は夫婦同姓で成り立っており、それは伝統や慣習であると共に「決まり」です。別姓を主張するのは、自分さえよければ迷惑や不便を被る人や組織はどうでも良い、と言う考え方です。
実際には妻が夫の姓に合わせる事が多い事から、女性と言うだけで優遇されるべきと主張する一部の人達の声も入っているように思います。
自分に都合のよい海外の例のみを引いてくるのも常套手段ですが、世界にはいろいろな国民、民族の決まりがあります。日本人としての決まりが不満なら、気に入った国の国民になればよいだけのことです。 女 40代


法律婚に際し、夫婦同姓に反対するならば、「結婚しなければ良い」、あるいは「外国に行けば良い」という意見があります。
あらゆる政治的な議論で一番悲しくなるのは、この様な意見で、「イヤならしなければいい」「イヤなら外国に行け」という意見です。
ここでは引用しませんでしたが、「こんなことを主張するのはどうせ在日だ」という意見さえありました。

まず前提として押さえておきたいのは、何故、夫婦別姓を希望することで、夫婦同姓をすることよりも明らかな不利益を被らなくてはならないのか、という点です。
現状の様に婚姻前の姓を通称したり、事実婚にすることのデメリットが分からない、という意見もありましたが、事実婚はLGBTQの方々と同じような課題を抱えますし、通称使用は、周囲の人々の理解(寛容さ)にゆだねられている、ということです。
通称使用では、職場の上司が「ダメだ」、と言えばダメであり、事実婚の場合抱える不安としては、手術の同意書に署名出来ない、というような事態が起きます(これも病院の判断によりますが)。

事実婚では生活上のあらゆる行為が「同居人」になり、「家族」ではなくなること、通称使用では、2つの姓を持っていることになり、一方は法的根拠がないので、相手の理解、という曖昧なものにゆだねなくてはならない、ということです。

さて、「そんなにイヤなら、外国に行けば?」という意見に対してですが、本当にイヤだと思う人は既にもう日本からはいなくなっていますし、外国人との結婚では同姓が強制されないため、外国人と結婚しています。
が、そういう話ではなく、結婚後に別の姓でいるという自由が日本国憲法に対して民法の規定が反しているのではないか、ということを主張しているので、これは外国の話ではありません。

改めて日本国憲法第24条を引用してみます(下線引用者)。

1.婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
2.配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない


特に下線を引いた箇所に対し、姓に関する民法第750条を引用してみます。

夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する。


そもそも、別姓を望んでいるのは日本国憲法で定めている「夫婦が同等の権利を有することを基本として」いることや、「婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定され」るべきだと考えるからこそ、民法第750条の規定のように夫婦同姓(夫婦同氏)を強制されることがおかしい、と考えています。
これは、外国の憲法の話や国連憲章の話ではなく、日本国憲法の話です。
日本という国で暮らす際の憲法に照らし合わせて求めていることを、「外国に行け」というのは、議論がずれているのではないかと思います。


さて、ここまで書いたところでかなり疲れてきたので、とりあえず今回はこれで終わりにしたいと思います。
実は、朝日新聞に寄せられている意見が大体1100ある時に、それを全て読み、そこから抽出しようと思いました。
しかし、まず1100もの意見を全部読むのがかなり大変だったこと、そして、反対意見を抽出していったので、それを丹念に読んでいたら、ものすごく悲しい気持ちになってきてしまいました。
ということで、今はこれ以上読む気にも書く気にもなれない、というのが、ここで一旦書き終える一番の理由です。

もちろん反対意見があることは知っていましたが、上にも書いたように、自分と違う意見を持っているというだけで「外国人」とみなしたり、あるいはこれは賛成意見にもありましたが「べき」という意見、あるいは、「~だったら認めてあげる」といった意見などがつらかったです。
まぁ、でも、まだ書き足りていないな、という理由もあるので、近いうちに書きたいと思います。
2015.11.23 Mon l 夫婦別姓について l top
先日も最高裁判所での弁論を聞きに行ったことを書きましたが(「夫婦別姓 最高裁での弁論を傍聴してきました。」)、来月16日に最高裁判所で判決が出る見通しとなり、朝日新聞で夫婦の姓について意見を募集しています。

夫婦の姓、どう考える?(朝日新聞)

僕自身はこのブログを読んで下さっている方々には既知の通り、選択的夫婦別姓制度が早期に実現することを望んでいますが、それに賛成であれ、反対であれ、議論することがまずはとても重要だと思っています。

議論をすることなく、時代の流れだから、と制度が変わってしまえば、夫婦同姓が強制的に行われている現状をも「時代の流れ」として受け入れなくてはいけないことになってしまい、それは違うんじゃないかな、と思うからです。

回答者を見てみると、全体的に女性が多く(3分の2)、40~50代の方が多いようですが、そうじゃない30代の男性でもありますし、何より、回答を簡単に読んだ限りでは男性改姓者が殆どいなかったので、回答してみました。

意見は短くても大丈夫っぽいので(意見を書かなくても、問に答えるだけでも可能かも)是非、みなさんも回答してみて下さると嬉しいです。


ちなみに、明日以降に、僕の考を書いて見たいと思います。
2015.11.22 Sun l 夫婦別姓について l top
このブログを欠かさず読んで下さっている方や、リアル友人は知っていることですが、僕は結婚時に妻の氏に改姓(させられて)していますが、普段は結婚前の姓を名乗っています。
最近、主夫ということでメディアに出る機会がありますが、その際も結婚前の姓を名乗っています。

さて、大きなニュースになっていたので、既知のことかと思いますが、11月4日(水)の14時から、最高裁判所で、夫婦別姓が認められないことによって不利益を被ったとして国に損害賠償請求をした裁判の弁論が行われました。

「夫婦別姓認めず」は違憲か 最高裁で弁論(NHK)
「旧姓で仕事、貫きたいが」 夫婦別姓、最高裁弁論(朝日新聞)
再婚禁止期間・夫婦別姓:最高裁弁論 「女性差別いつまで」 違憲判断望む原告(毎日新聞)
「夫婦別姓」最高裁で弁論――原告団「政治が動かない以上、司法が積極的な判断を」(弁護士ドットコム)

1.裁判の傍聴の流れ

普段なら、仕事があるのですが、たまたま代休だったので、初めて裁判所に傍聴に行きました。
初めての体験だったのと、あまり機会のないことでもあるので、傍聴の流れとそのあとに傍聴しての感想を書いてみたいと思います。
(ちなみに、妻もたまたま休みだったのですが、妻は歌舞伎(ワンピース)を見に行ったので、僕1人で行きました。)

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13時に傍聴希望者の受付を締め切る、ということで、最高裁判所の南門の受付前に到着したのが12時20分過ぎでした。
すでにこの時点で前に並んでいる方が30名ほど。
報道の方も少し来ており、並んでいる人に取材したりしていました。

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そして、そこから待つこと30分以上。
ただひたすら待ったのですが、日差しが強く、体調もあまり優れないこともあって、自分が暑いのか寒いのか分からず、かなりぐったりしてしまいました。
読書もままならない…、と自分の体調と闘っていると、13時少し前に裁判所の職員の方が、並んでいた順に整理券を渡してくれました。

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後ろに並んでいた女性は、この裁判などで色々関わっている方のようで、他の人に任せて列を離れていたら、「今ここにいない」ということで、整理券を受け取れていませんでした。
連れの人が「荷物もあるし、下さい」と粘っていましたが、当然ですが、いない人の分はくれないので、列に戻ってきた女性は列の後ろまで並び直しに行っていました。
ついでに、その女性たちの会話によると、13時に列に並んでいなかった人は、1秒の差でも整理券は配布されなかったとのことです。
ということで、傍聴を希望する人は、くれぐれも受付時間には余裕をもって裁判所に到着するようにして下さい。

さて、そこからさらに15分ほど待ちました。
整理券をもらったので、列から離れても良かったのですが、誰も列から出なかったので、僕もそのまま列に並んで待ちました。
そして、13時15分ころ、今回の一般傍聴人の抽選番号が掲示されました。

僕は運良く抽選に当たりました。
そのまま当選した人は、整理券と傍聴券を交換します。
(今回、傍聴希望者は250人くらいいたとのことで、3分の2くらいが当選したようです。)

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この時初めて分かったのですが、この傍聴券が前から順番の席順で配布されるので、並んでいた人たちは整理券をもらってもそのまま並んでいたようです。
つまり、最初の方に並んでいた人は、傍聴席の前の方に座れるのです。
(僕は写真の通り、前から2列目の真ん中あたりでした。)

裁判所内に入ると、傍聴席に持ち込めるのは【筆記用具】と【貴重品】ということで、それ以外のものは全てロッカーに入れさせられました。
携帯電話やカメラも貴重品のような気がしますが、それらはロッカーに入れなければならず、ロッカーに携帯電話を入れる際には、「携帯電話の電源は切って下さい」とアナウンスがありました。

そして、空港よりも少しだけ緩いボディーチェックを済ませ、(トイレもこのタイミングで行けます)、ここでもしばし待たされ、大法廷に向かいました。
大法廷では、傍聴券に割り振られていた席に職員によって誘導され、開廷まで待つ、という流れでした。

ちなみに、開廷15分前きっかりに、国側(法務省の役人?)が現れ着席し、5分くらい前に原告側が現れ、3分前くらいに職員から、開・閉廷時の起立や開廷2分間の報道陣による撮影がアナウンスされました。


2.弁論を聞いての感想

裁判の傍聴自体が初めての体験だったので、何か他の裁判と比べることは出来ませんが、夫婦別姓を望む当事者として今回の弁論を聞いてきた感想を書いてみたいと思います。

ⅰどのような判決が出ても納得できる気がした

弁論は、原告側(夫婦別姓を望む側)が8人(だったかな?2回喋った人もいるので…)が主張を述べ、国側は1人だけでした。

僕はもちろん選択的夫婦別姓制度を望む当事者なので、「選択的夫婦別姓制度がない現状は違憲である」という判決を望んでいます。
しかし、例え国側が1人しか主張を述べなかったとしても、その主張を聞いたことで、裁判所の判決がどのようなものであっても、納得出来るだろうな、と思いました。

もちろん、上告側が主張していたような「選択的夫婦別姓制度がないことによる様々な人権侵害や差別」というものを僕自身も今も受け続けていますが、それでも、相対する国側の主張を短くても聞けたことは、裁判所がどのような理由を付けて、どのような判断を下したとしても、とりあえず納得出来るような気がしました。

ⅱ女性【だけ】の問題なのか?

上告側の弁論を聞いていて非常に気になったのが、夫婦同姓が「女性【だけ】への人権侵害」のように聞こえたことです。
あまりにも、女性だけの問題にしてしまっているような気がしたので、女性だけが原告なのかと思い傍聴後に調べたら、原告は「事実婚夫婦を含む男女5人」ということでした。

法律婚ではなく、事実婚による弊害や昨年法律婚をした人たちの96%以上が男性側の姓にしているという現状を、女性に半ば強制している、と主張することは正当な指摘だと思います。
そして、国連の女性差別撤廃委員会のこれまでの勧告内容から、夫婦同姓という制度自体が女性への差別と指摘されていることも知っています。

だからこそ、上告側(原告)も女性への差別だと主張したのでしょう。

しかし、男性にとっても、この夫婦同姓という制度は差別なのです。

今回の弁論でも繰り返し出て来た日本国憲法第24条を引用します(下線引用者)。

1.婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
2.配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。



弁論では、「女性が男性側の姓に改姓されることは、同等の権利を有しているとは言えない」というような主張がされました。
しかし、結婚によって姓を変えなければいけないのは、例え昨年3%ほどしかいなかったとはいえ、男性が強いられているということでもあります。
つまり、現状、圧倒的に女性が改姓する人が多いとはいえ、女性【だけ】の問題ではなく、男性の問題でもあるのです。

弁論の中では、男性が改姓した際に直面する種々の問題(たとえば改姓したと判明したら「婿養子なの?」と聞かれるなど)が指摘されていました。
にもかかわらず、主張の多くがあたかも、この夫婦同姓への強制が女性【だけ】が強いられているかのようだったのは(男性改姓者は強制性はなく自らの自由意志で改姓したかのように捉えられてもおかしくない)、残念でした。


と、夫婦別姓を望む原告に批判的なことを書きましたが、繰り返すようですが、僕は選択的夫婦別姓制度が早期に実現することを望んでいます。
上告側の弁論で述べられていたように、この問題は「国民の意識調査の結果望んでいる人が多くなったから」とか、「家族の絆、一体感は夫婦同姓に根付く」とかの、社会通念だとか、根拠のないことを理由に回避出来るようなものではなく、裁判所は、たとえ国民の半数以上が望んでいないということであっても、憲法に照らし合わせたときに、現民法750条「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する。」が合憲であるかどうかを判断してもらいたいと願っています。

ⅲ直接見ることが出来た裁判官の態度

最後に、実際に傍聴に行ったことで良かったと思った点をあげると、直接、裁判官の態度を見ることが出来たということです。

裁判官は、裁判長を除いて一言も発さずただ聞いているだけでしたが、それぞれの裁判官が弁論をどのような態度で聞いているのかを直接見ることが出来たのは貴重な機会だったと思います。

弁論の趣旨は、既にプリントされたものが各裁判官に渡されているので、それに目を向けている裁判官もいれば、1回もそのプリント(というか机)には目を向けずにじっと弁論の発言者の言葉に聞き入ってる裁判官もいました。

裁判官の名前と顔を覚えてはいないので、どの裁判官がどの人なのか、ということは分かりませんでしたが、各裁判官がどのような態度を持ってこの弁論を聞いているのか、ということは、感想の最初に書いた「どのような判決でも納得出来るような気がした」という気持ちに、大きな影響を与えているように思います。


さて、判決が言い渡される日はまだ明らかになっていませんが、報道では年内にも判決が下されるようです。
僕自身としては10年、この時を待っていました。
あと2ヶ月弱、判決の時を待ちたいと思います。
2015.11.06 Fri l 夫婦別姓について l top