①問題の本質は「ベビーカーを電車でしようすることが良いか悪いか」ではない。

昨日、新聞を読んでいたら気になった記事があったのでつぶやいたところ、僕のアカウントではあり得ないことですが、RTが100を越えました。
つぶやいたのはこれです↓



最近、ベビーカーを電車で使用することについて、またネット上で様々な議論が飛び交っているようです。
主な理由としては、国土交通省が「ベビーカーマーク」なるものを作成したというニュースがあったこと(「ベビーカーマーク」国交省が作成  車内でも使用可能に 畳む呼びかけはNG)、また、こんなツイートが拡散したことによるようです↓



この2つの出来事によって、「電車でのベビーカーの使用」を巡って、様々な「マナーかどうか」についての議論が交わされていますが、僕はこの一連の出来事を見ていて、「なんか見たことあるんだよなぁ」と既視感を覚えました。

で、思い出したのですが、何と同じだと感じたかというと、あまり知らない人も多くなってしまったかも知れませんが、「身体障がいを持っていて車椅子を使っている人たちが電車を使い始めた時の反応」です。
車椅子使用者が通勤しようと電車に乗ろうとしたら、「邪魔だ」「空いてる時間に乗れ」という反応があったり、鉄道会社も「車椅子使用者は電車を使う際は事前に申請すること。」とかいうことがありました。

こういう反応の中で車椅子使用者含め身体障がい者やその支援者たちが結構派手に闘ったことによって、今では「事前に申請せよ」とかいうこともなくなりましたし、内面でどう思っているかは分かりませんが、「通勤時間に乗るんじゃねーよ」とかいう人もいなくなりました。
端的に言えば、「それは差別でしょ」ということが浸透した結果とも言えるかも知れません。
この車椅子使用者を中心とした身体しょうがい者たちの電車などの公共交通機関での闘争をこれ以上詳しくは書きませんが(知りたい人は「青い芝の会」だとか「障害者自立運動」「障害学」などのキーワードで調べてください)、この時のことと同じだよな、と思ったのです。

何が同じかというと、結局、子連れ(しかも女性(ママ))が色々文句を言われてしまうのは「弱い」「弱者」「下」として見られているからだということです。
車椅子使用者は「障がい者」ということで「弱い」「弱者」「下」だと思われがちなので文句を言いやすく(言っても赦されると勘違いされやすい)、子連れママたちも相手にそのように思われているからこそ、先に挙げたツイートのような、明らかにベビーカーを畳まなくても良い情況で悪態をつかれてしまうのです。

②悪態をつかれるのは「女性」だから

「主夫」だと「こんな経験ほとんどしたことがない」という反応が多くありました(例えばこれ↓)。



僕を含めた「子育て主夫」の反応を見てみると、「子連れの時に悪態をつかれた経験は殆どない。しかし、自分より(時間的に)一緒にいない妻は経験がある。」というものでした。
実際、僕も一度だけ電車に乗っていて悪態をつかれた経験がありますが、それは家族揃って日曜日の朝に電車に乗っているときに、「うるさい」と妻が言われたというものです。
僕が一緒にいたからか、舌打ちみたいなことはされたものの、それ以上はされませんでした。
(ちなみに、僕らは家族5人で10分ちょっとの乗車の間、子ども達が飽きないように、「しりとり」をしていました。
悪態をついてきたのは中年男性で、スーツ姿だったので、通勤途中だったのか、寝たいようでした。
もちろん、日曜日の朝、そして、下りだったので、がらがらでした。
むしろがらがらだったので、他の人の声が気になったのかも知れません。)
これらの反応、経験から考えると、やはり「子連れだから」悪態をつかれるのではなく「女性(ママ)だから」ということです。

③理由は分かったけど、じゃあどうすれば良いのか?

一番簡単な方法は、「子連れで行動するときになるべく男性(パパ)と一緒になること」です。
抱っこしたり、ベビーカーを押すのを男性にするのです。
そうすれば、悪態をつかれることは格段に減るでしょう。

しかし、当たり前ですが、専業主婦や育休中などの場合は「夫は仕事でいないし、いつも夫と一緒なんて無理」ということになるでしょう。

その場合、どうすれば良いかと言えば、「下に見られないようにする」、これしかありません↓




勇気が要ることだとはもちろん分かりますが、明らかに自分には非がなく、「単に悪態をつかれているだけ」と分かったら、反論することが一番効果的だと思います。
「でも、それは恐いし、何されるかわからない…。」そういう人も多いかと思います。

じゃあ、僕だったらどうするかですが(僕は電車でのしりとり事件のあとはこういう経験がないのでまだやったことはありませんが)、「スマホで撮影」します。
何か悪態をつかれたら、さっとスマホを用意し撮影(出来れば動画)をしながら、「もう一度良いですか?」と聞くのです。

そして、その人の反応含め、周りの情況も撮影しておくのです。
これは、「撮影されているから悪態をつけられにくい」ということにもなりますし(逆に切れる人もいるかもしれませんが)、その時の情況を残す「大切な証拠」になります。

事件とかではなくても、後々、冷静になってこういう「悪態をつかれた経験」がどんな情況だったのか、振り返ることができます。
そうしたら、やはり単に「誰でも良いから悪態をつきたい人がいて、標的にされた」のかもしれないし、「こちらにもちょっとマナーに反することがあった」ということもあるかもしれません。
でも、その時のことを記録したものがないと、単に「悪態をつかれた経験」という悲しみが後々まで残るだけです。

僕自身はほぼ悪態をつかれた経験がないので、この対処がふさわしいのか、分かりませんが、1つの提案として考えてみてもらえたら嬉しいです。
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2014.04.11 Fri l 日々雑感 l top
先日、教育関係者と3人で話していたときのことです。
ふと、ある1人の子ども(○○さん)についての話になり、僕はその子のことを知らなかったので、「どういう子ですか?」と聞きました。
他の2人はその子のことを知っていて説明してくれたのですが、「うーん、なんというか、○○はアスペルガーっぽいんですよね。」と言っていました。
もう1人の方も特にそれについて「うん」という感じだったので(発言はありませんでしたが)、僕は「この間までよく合っていた△△さんみたいな感じかなぁ」と想像しました(ちなみにその△△さんは今春、志望していた大学に合格し、晴れて大学生になっております)。

で、昨日、ちょうど先日話に出た○○さんに会いました。
すぐに会って分かったのは、「彼は絶対にアスペルガーなんかじゃない。発達障がいだとすればADHDだろう。」ということでした。

もちろん、僕は医師ではありません。
しかも、○○さん自身が診断してもらうことを目的としていないので、診断をすることはおろか、診断名を勝手に付けてしまうことは本来してはいけないことです。
でも、正直、子ども達に関わるときに、闇雲に関わるのではなく、(【発達】だけではなく)様々な障がいの特性を知っていることは、その相手への適切なサポートにもつながるし、関わる側としても誤解等による混乱等がなくなることがあります。
なので、誰か(特に様々なサポートが必要な時期である子ども)と関わるときの1つの情報として「発達障がいがある(もしくはその可能性)」を知ることは、適切なサポートにつながると僕は考えています。

しかし、今回の場合、前から気になっていたことではあるのですが、この教育関係者は「発達障がい」について特に知らないにも関わらず、誰かを説明するときに真っ先に「彼(彼女)は□□(障がい名)だから」みたいに言うことがあるのです。
これはすごく問題だな、と感じます。
誰かと関わる時の第1次情報が「障がい名」であり、その「障がい名」もその人が勝手に「知っている言葉を使っただけ」ということです。

間接的には、その人(無言で同意していたもう一人の方も)は「自分には手に負えない(自分のキャパシティを越えている)」ということを言いたかったのかも知れません。
しかし、良く知りもしない言葉(しかもそれは様々な偏見を生み出すかも知れない「障がい名」)を使って説明することではないはずです。
自戒を込めて、誰かのことを「彼(彼女)は~だから」みたいな言い方を注意しなければならないこと、そして再度接する機会がどうしても多い「発達障がい」について僕自身も勉強し治さないといけないな、と思いました。

最後になりましたが、ADHDとアスペルガー症候群(こっちはあまり良いものがなかったのですが…)について分かりやすく説明されていて、なおかつサポートの情報も載っているので下記のHPのリンクを貼っておきます。

ADHD(注意欠如・多動性障害)
 上記HPで特に子どもの特徴に関しては→小児・思春期の主な症状・特徴

アスペルガー症候群の原因・症状
2014.04.10 Thu l 本業 l top
今日は疲れているので、今夜の料理を。
クックパッドを見て、これを作りました↓



お手軽♪手羽中ポン☆

これとみそ汁と、もずく、サラダ、そして、昨日S(5歳)のリクエストだった卵かけご飯のつもりでした。
「なんか料理が手抜きになっちゃったなぁ」と思っていたら、義母からの差し入れ(ツレが持って帰ってきました)で牛肉コロッケを頂きました。



牛肉コロッケと卵かけご飯でお腹いっぱいになった子ども達は殆ど手羽には手を付けませんでした…。
唯一手羽に手を出したM(2歳9ヶ月)も「酸っぱい」といって放棄。。。

僕はこのほんのりしたポン酢味がとてもおいしいと思ったのですが、残念です。
2014.04.09 Wed l 本日のパパ料理 l top
先日、Twitterでこんなブログ記事が流れて来ました。

結婚して改姓すること(ハート♥剛毛系)

僕は基本的に社会生活は旧姓を使用しているものの改姓した側なので、婚姻での改姓には色々思うところはあるもののなかなか言う機会もないし、それに(特に男性に)言っても分かってもらえないことも多いので、声を大にして言うことはあまりありません。
でも、ツレも最近でも「私が改姓しても別に良かった」とか僕の目の前で平気な顔をして言ったりするので、僕としては結構、日々「改姓に伴う煩わしさ」(あるいは苦痛)を感じていたりします。

なので、僕も改姓について、特に男性が改姓するとはどんなことなのか、まとまらないかもしれませんが、上に書いたブログの記事の中で触れられてたいことと絡めて書いてみようと思います。

①「俺なら改姓に抵抗はないなあ。泣くほどのこと?別に自分がやってもいいし、自分の名前にこだわりはない」という人(特に男性)は結構いる。

こういうことを平気で言う人には一言しか思いつきません。
「じゃあ、今からでもお前がやれよ。」
最近も(というか度々)ツレが同じようなことを言っていましたが、はっきり言って怒りしか感じません。

何故かと言えば、こういうことを平気で言う人は、銀行口座、クレジットカード、職場、免許証等々、あらゆる公的なものの「名前を変えた」という申請をしなければならないことの、それ自体の煩わしささえ想像出来ていないからです。
役所に何か書類を出しに行ったことがあれば、1つの書類を出す、というそれだけで煩わしく感じたことはないでしょうか?
それが「姓」に関してその全てを書き換えないといけないのです。
紹介したブログ記事にもありますが、フリーランスなんかで仕事をしていれば、旧姓を残した口座が必要になることもあるし(そうすると改姓後の口座も作らないといけない)、旧姓の口座名とクレジットカードの改姓後の名前が違っていて確認の連絡が来たり、あるいは、僕は学生の時に結婚(改姓)したこともあり、教員免許に記載されている姓が取得年度(教科)によって変わっていたりします。

また、「昔(旧姓)の自分はいません。自分は(改姓後の)○○だけです。」というように、旧姓だったときの過去を全て書類上から抹消し、変更出来るなら煩わしくないかも知れませんが、旧姓だった自分というのは消せないわけで、旧姓と新姓が混在するということ自体もすごく煩わしいわけです。
例えば、旧姓の時に何かの資格を取り、その資格を活かした仕事に就きたいと思ったときに、資格(免許状)の写しを求められたりします。
当然、その時に「姓が違いますが?」と聞かれる(確認される)わけです。

だから、改姓する、というのは単に「姓が変わる」ということではなく「姓が2つ存在するようになる」ということなのです。
このことはあまり想像出来ていない人が多いんじゃないかなぁ、と僕は思っています。
口で言うのは誰でも出来るんだけどね、やるのと口で言うのとは全く違うんですよね、と。

②「『婿養子に入ったの?家督を嗣ぐの?』と言われたり、女性側の実家が資産家だと思われたりするケースは避けて通れない」

紹介したブログ記事ではこの文章のあとに「と思う。」と女性なので書いてありましたが、この方の予想通り、男性で改姓した僕は何度も言われました(未だに言われる)。
「婿養子なの?」とか言われる度に、既婚者(結婚経験者)であれば、婚姻届にどう書いてあったか思い出してもらい説明します(婚姻届には【婚姻後の夫婦の氏・新しい本籍】という欄があり、氏については【夫の氏】か【妻の氏】どちらかを選ぶようになっています)。
【婚姻後の夫婦の氏】の欄で【妻の氏】にチェックを入れて提出したというだけなのですが、僕が今まで会った婚姻届を提出したことのある男性全員が「そんな欄あった?」という感じでした。

こういうのを見ると世の中では「男が改姓するのは特別な理由があるときだけ」という認識が一般的なことに気づきます。
これは男性だけではなく、女性も同じで「結婚したら彼の姓になるの♪」とか「今日から○○になりました♥」みたいなのを見かけますが、「結婚したら女性が改姓するのが普通(当たり前)」という認識だということがよく分かります。

一応断っておきますが、僕は別にそういう人を批判したり否定したりするつもりはありません。
「彼(男性)の名前になる」ということに喜び、幸せを感じるなら、そうしたら良いし、他者の選択なので僕が口を出す言われもありません。

しかし、その人たちが「普通(当たり前)」だと思っている「婚姻による男性側への改姓」をしなかった人たちに、「特別な理由」があるかのように見てくるのはいかがなものか、と思うのです。
端的に言えば、女性が結婚し「○○になった」という話の時に「養子になったの?」とか「名前を変えたってことは相手は資産家なの?」とか普通に聞くんだったら、僕は何も思いませんが、実際はそうではなく、「男が姓を変えた=婿養子」であり、「女性側の姓になる選択肢なんてそもそもなかった」という認識が、それを面と言われる身としてはじんわりときついなぁと思うのです。

③長々と書きましたが、最後に「選択的夫婦別姓」について。

僕は、自分が結婚する前から、「選択的夫婦別姓」が法的に早く認められるようになって欲しいと思っていました。
僕が自分の結婚で今も尚後悔しているのは、この「選択的夫婦別姓」が法的に認められていないから、【通称として旧姓を用いる】という選択を行ってしまったことです。

【通称として旧姓を用いる】ことになった理由としては、生まれてくる子どもに迷惑がかかるのではないか、というものでした。
婚姻関係にないと戸籍には子どもが【非嫡出子】と書かれてしまい、僕自身の選択の結果、僕がいろいろ煩わしくなるのは一向に構わないけれど、子どもに後々迷惑がかかっては行けないと思ったのです。

しかし、この選択は今になって思えば本当に後悔しています。
ツレはいとも簡単に「別に私が改姓しても良かった」と言い放ち、改姓をしたことがないので、改姓するとはどんなことなのか、全く分かっていないのです。
子どもの認可保育園入園に関しては何度も役所に行ったことがあっても、姓が変わったことで、役所や銀行にいったり、職場に申し出たり、ふと戸籍名と職場で使っている姓が違う事に気づいた人にいちいち理由を聞かれたりしたことは一度もないのです。

ブログの記事の人は「家族の絆(チーム)として同じ姓というのもあるんじゃないか?」というようなことを書いていますが、多くの人はやはり「家族=同じ姓」と考えているようで、子ども達の付き添いに行くと、子どもの姓で呼ばれます。
その時に「いや僕は○○で、子どもとは違うんですよ」とは言えないことが、毎回すごく引っかかります。
子ども達は僕が違う姓なのをもう分かっているので「僕たちは△△、お父さんは○○」と言っているのに、僕は誰かに「△△さん(子ども達の姓)」と言われるときに、否定もせずに「はい」と言っちゃっているわけです。

もし、事実婚として過ごしていれば、「事実婚なので、僕は○○なんですよ」と言えば良いわけですが、それを言えない、ということに自分自身の軸のなさみたいなもの(法的な根拠のなさ)を感じてしまうのです。

ちなみに、ツレが「事実婚」を拒否したのは、法的に夫婦にならないと、社会保険とか税金その他の控除が受けられない(=損をする)ということで、断固拒否されました。
今は、同じ世帯でも、僕はなんの控除も受けていないので、特に法的に夫婦であることで「得」はしておらず、それなら、と思い、一度「法的にも姓を戻したい」(離婚届を出したい)と言ったものの、これまた既に加入している子ども達の生命保険などの受け取り先が変更されるという理由で拒否されてしまいました。

結局、姓を変えたことの煩わしさ(苦痛)はパートナーにさえ理解されず、むしろパートナーだからこそ傷つくことを言われたりされたりしてしまい、余計に一人で煩わしさ(苦痛)を日々感じる結果になってしまいました。

なんかまとまりない感じになってしまいましたが、「俺が改姓しても別に良いよ」という言葉は男性は(女性もか)、軽々しく、言わない方が良いよ、と思います。
僕みたいにそもそも「夫婦別姓が良い」という人は言うまでも無いですが、男性が姓を変える(女性側に改姓する)というのは、多分一生そのことについてどこかでふとしたときに聞かれたりして煩わしい思いをすることになると思います。
カジュアルに改姓したなら、それらがなおさら煩わしく感じると思います。
2014.04.07 Mon l 夫婦別姓について l top
昨日の『母の友』にあった、ライターの猪熊弘子さんと國分功一郎さんとの対談についてです。
昨日書いた内容(病気)とは全く違って、今日は「働き方」についてです。


母の友 2014年 05月号


一応、猪熊さんと國分さんについて書くと、猪熊さんは埼玉県上尾市の公立保育所で起きた園児の死亡事故について書いた『死を招いた保育』が一番有名だと思います。
また、國分さんについては、どの著作が一番有名かよく分かりませんが、小平市の都道計画で住民投票を行ったことについて書かれた『来るべき民主主義』は目にしたことのある人も多いのではないかと思います。

この2人が「ほいくのゆくえ」という連載の初回で「保育園について考えれば、日本の未来が見えてくる。」というタイトルで対談を行っています。
内容はタイトル通り、「保育」についてで、来年度から導入される、「子ども・子育て支援新制度」や「保育園」について様々に語られています。

前置きがかなり長くなりましたが、僕がこの対談の中でとても興味深く読んだのが「働き方」です。
対談しているお二人が知っている国での働き方の例が述べられていたのですが、今まで知らなかったで驚いたのが「オランダでは、週休3日」、「ドイツでも、週2日しか働いていないけど保育書の正職員」という話です。

「そんなのありなのか?」と。いや、ちょっとニュアンスが違って

「それでも良いんだ。」と思いました。

僕の周り(例えばファザーリング・ジャパン)でもよく大人の働き方について話をします。
「ワーク・ライフ・バランス」だとか、「ママの復帰」だとか。

でも、これらの話でいつも前提にされていたのが「正社員は週5日、フルタイム」ということでした。
仮にそれから外れる働き方(パートなど)が「あり」だとしても、そういう場合は父親(男)ではなく「母親(女性)」です。

僕自身は外で働いているのが週2日なので、どうしても「男は正社員で週5日働くものだ」という前提に違和感があったし、僕自身もその前提に縛られて、ちょっと苦しんだりするときもあります。
でも、本当は、ツレも僕も家族とたくさん関わる時間があって、それなりにやりたい仕事も出来、高望みをすれば足りないけれど、生活するには充分なお給料を得ています。
だから、本当は「男は正社員で週5日働くものだ」ということなんか全く気にすることなんかなく生活すればいいはず。
しかし、現状は子育て支援をしているような団体でさえ働くというのは「正社員で週5日働く」ということを前提にしています。

それを「週休3日=週4日勤務」、「週2日で正社員」というそれまでの前提が「当たり前のことではなかった」ので、衝撃を受けたのでした。
「ワーク・ライフ・バランス」とか言うときに、「残業をいかに減らすか」とかではなく、そもそも「週2日でも正社員として働く」とかそういうことがもっと盛んにいわれるようになると良いな、もっと社会が変わるのにな、と思いました。
2014.04.06 Sun l 日々雑感 l top
『母の友』5月号が出ていたので、仕事帰りの電車で読みました。
(関係ないですが、交通系ICカードの残額が1円単位だったのと、この雑誌が545円になっていたことで増税を実感しました)


母の友 2014年 05月号


今回の特集「知っておきたい子どもの病気」はとても良かったです。
「もう一通りいろんな病気はやったし、別に読まなくても良いかな」と思っていたのですが、それでもとても良い内容でした。
書いているのは、小児科医の山田真さんです。

書かれている内容を断片的に伝えるのは、「病気」に関すること、命に関わることもありえるので簡単にはできませんが、親が結婚するまで「乳幼児」に接したことが無く、ちょっと熱を出したり、頭をぶつけて吐いたりしただけで救急車を呼んだり、救急に飛び込んでいく、ということがなないように(もちろんそれが必要な場合もありますが)、「子供ってのは大体こんなもんだよ」というのがとても優しい文体で書かれています。

例えば「高熱を出すと脳がおかしくなって障がいが残る」という不安に対しても、具体的に、脳症が発症するのはこういう場合でまれなので、このくらいだったら様子を見ましょうというようなことが書かれています。

山田さんも触れられていますが、風邪になったり、病気になったときに「薬」を求め、それによって早く治したい、と言う願いが「子供が苦しんでいるから」ではなく、「自分の仕事が抜けられないから」とか、そういう場合もあるのではないか、と危惧しています。

僕なんかは、薬ではなくても、体にマッサージ用のオイルを塗っただけで体調がおかしくなってしまうような身体を持っているので、薬はあまり飲みたいと思いません。
そして、風邪であれば、薬で治すのではなく、やはりなんといっても「休む」ことが必要なのだな、と思っています(どうしても休めない時は薬を使ってしまいますが)。

複数の子供がいるとしても、子供の病気(だけではないですね、本当は)に関して、大人がどのように構えていれば良いのか、再確認できるので、オススメです。
もちろん、これから子供を育てていく人、今まさに初めての子供を育てて悪戦苦闘している人たちには必読だと思います。

また、ライターの猪熊弘子さんと、哲学者の國分功一郎さんとの対談もとても面白かったのですが、そのことは明日改めて書きたいと思います。
2014.04.05 Sat l 育児・料理雑誌 l top
小学校はまだ新年度が始まっていませんが(7日が始業式)、保育園では4月1日から新年度が始まりました。
月曜日(3月31日)までいた先生がいなかったり、新しく来た先生がいたり、担任が替わったり、教室が変わったり、と1日でコロッと変わるのは、保育園生活7年目(通算4園目)にしても未だに慣れることが出来ません。

大人の僕がそんな感じなので、子供たちも戸惑ったりしています。

そんな新年度の様子を、今回は保育園の年長になったS(5歳)について書いてみようと思います。

Sの場合は、クラス23人につき、昨年度(年中組)は担任(正規)保育士2名(途中病気休暇に入りましたが)、非常勤午前1名という態勢が、この4月から、担任(正規)保育士1名、非常勤2名という態勢に変わりました。
2歳児クラスの時から4年連続での同じ担任の先生なので、子供たちは特に戸惑うことなく過ごしているようですが、担任が1名になってしまったようで、子供たちではなく親(保護者)が戸惑っているようです。

保育園の方針として、園外(散歩)に出るときには正規保育士2名以上を同行させる、というものがあり、昨年度、担任が1名途中から休みに入ったので、なかなか園外に出られない、という状況がありました。
園庭は狭く、一クラスで一杯になってしまうような状況なので、外遊びがなかなかみんな満足に出来ず、園外の公園などで遊ぶのが、特に年中や年長は楽しみなようでした。

が、昨年度、後半から担任が1人になってしまったので、「じゃあ、今日はあそこに行こう!」ということがなかなか出来ず、今年も同じような状況になってしまうのでは。
これが親(保護者)たちの戸惑いなのでした。

認定保育園なので、5歳児に適用される、園児30名に対して保育士1名という配置はされているのですが、昨年度5歳児(年長)クラスに担任(正規)保育士2名という態勢でした。
なので余計に、Sのクラスの親(保護者)たちは「昨年度も途中からこんな感じだったのに、なんでまた今年も」という戸惑いがあるようです。

僕たち(僕とツレ)は特に不安はありません、園外に出る機会が少なくなってしまうのは、残念だな、とやはり思います。
なかなか外で思う存分に遊べない、というのは子供たちの成長の機会を逃してしまうのではないかな、と。

この点については、僕だけがこんなことを感じているわけではないので、今度(4月下旬)ある保護者会で必ず上がる話題になるので、そこでしっかりと話を聞いてこようと思います。
2014.04.04 Fri l 本日の子どもたち l top
昨日、ふとGoogleマップを使うと、なんか変なものが地図上にありました。
「なんだこれ?」と思って良く見てみると、



ポケモン?がいました。
で、そのポケモン?にタッチしてみると、



やはりポケモンで、ゲット出来ました。
なんだこれ?と思って、ちょっとググってみたら、エイプリルフールに合わせた企画だったようです。

来たれ! 真のポケモンマスター

で、「こんなのがあるよ」とポケモン好きの我が家の子供たちに話したところ、ポケモンずかんにある150匹を世界中から探すことに。



東京だけでも結構いたので、30匹くらいまではすんなり集められたのですが、150匹なんて無理…。
ということで再度ググって、なんとか150匹集めました。

が、この企画、150匹で完成ではなく、151匹目(ミュウ)を見つけなければ完成になりません。
これがさらに難しい。
151匹目はランダムで発生するらしく、どこに現れるか分かりません。
タブレット2台でやりましたが、1台しか見つけられませんでした。

IMG_0124.png


でも、一応、1台は完成しました!
ネット上の噂では昨日の夕方で終わる、という情報があったので、急いでやりましたが、今(4月3日正午)もまだ出来るようです。
2014.04.03 Thu l 本日の子どもたち l top
体調不良により滞っていたブログの更新がやっと追いつきました。
(ネタは毎日考えてあったのですが、書くチカラがありませんでした。という言い訳です…。)

で、今夜の夕食メインですが、短茄子と豚バラが安かったので、これにしました。


豚バラの麻婆茄子


やっぱり、薬味だとか色んな調味料(豆板醤、甜麺醤、鶏ガラ、オイスターソース、しょうゆ、砂糖等々)を使うとおいしくなりますね。
2014.04.02 Wed l 本日のパパ料理 l top
エイプリルフールですが、冗談ではありません。念のため。。。

僕がいっしょにいたときのことではないのですが、日曜日、強い雨と風の中、「どうしても3月中に行かないと有効期限が切れてしまう」、ということで、ツレがM(2歳8ヶ月)を連れて上野に行きました。

そこで、なんと、子役タレントのスカウトにあった、と言うのです。
「カワイイお子さんですね~。タレントなんか興味ありませんか?」みたいな話しかけ方だったそうです。

その時のMの格好は全身上の子たちのお下がりだったので、ズボン着用、水色の長靴、レインコートは青の新幹線、傘は恐竜の緑&黄色という組み合わせ。
はっきりと言われたわけではないそうですが、「男の子だと思ったんじゃないのかな?」とのことでした。

で、声をかけられたツレがどういう返答をしたのかというと、

「うちのこ月齢に比べて大きすぎるので、使えないと思いますよ。まだあんまりしゃべれませんし。」

とのこと。
これを聞いてすぐにスカウトも去っていったそうです。


家だとこんなんですしね…。


子役タレントとして子供を劇団(?)に所属させている友人がいるのですが、その友人によると、ギャラなんかより、育成料(みたいなもの)を取られるので、別にお金を稼げるわけではないそうです。
その友人の子供は確かにカワイイので、こういう子だったら良いかも、と思うのですが、その子でさえそんな状況なので、我が家の子が使われるはずもなく。

(親の)時間も拘束されてしまうし、「うちはないな」と思っていたので、すぐに去っていってくれて良かったです。
まぁ、「カワイイ」と言われて嬉しくない人も殆どいないと思うので、もちろん悪い気はしないのですが、、、ないですね、うちは。
2014.04.01 Tue l 本日の子どもたち l top