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都議会のセクハラヤジの件ですが、触れないわけにも行かず、かといって、本気で触れるとかなりの長文になってしまい、論点がずれてしまうので、どうしたものか、と考えていました。
だったら最初から触れないのが一番かな、と。
しかし、この記事↓を読み、【触れない】という選択自体も実は一つの選択なのだと思い直したこと、先日「ブログ読んでますよ!」と言ってくださった方もいるので、【主夫目線】で書いてみようと思います。

都議会ヤジの問題で大はしゃぎする人たちが軽すぎて、頭痛が痛い。

念のため断っておくと、この記事を読んで触発はされましたが、書かれている内容に賛同しているわけではありません。
「ネット上で批判するなら現実世界でも批判しろ」というのは酷な気がしますし、現実世界で出来ないからこそ「安全地帯」から批判しているという人たちの気持ちも分かるからです。

そこで、一つの僕なりのアクションとして、時間等の調整(サポート)が受けられたので、セクハラヤジへの抗議署名者対象の非公開イベントに行ってきました。
(非公開ではありましたが、早速ニュースになっていました。
朝日新聞:都議会ヤジ問題「幕引き許さぬ」 ネット署名団体が集会
withnews:性差別は都議会だけじゃない 「終わらせない」
時事通信:セクハラやじ問題で集会=ネット署名の市民ら-東京

ぶっちゃけて書いてしまうと、この集会に行こうと思った大きな理由は、僕も入会しているNPOファザーリング・ジャパン創設者の安藤哲也さん(ちなみにご近所で子供が同じ小学校)という男性がスピーカーで入っていたこと、そして、発行初期からメルマガを購読している津田大介さんが司会ということで、津田さんを直接お目にかかったことがないので、行ってきたのでした。

セクハラは「オヤジ」だけの問題なのか?

さて、この「セクハラヤジ問題」、ずーっとマス&ソーシャルメディアの動向を張り付いて見ていたわけではありませんが、散見していて非常に気になったのが、「セクハラオヤジだけが問題なのか?」ということです。

僕は結構早い段階(翌朝)で署名もしましたし、セクハラヤジ自体にも、都議会にそれを許す雰囲気があったこと(笑っていたこと)にも、そして、その後の対応にももちろん怒っていました。
そして、賛同者がどんどんひろがって、最初は黙殺していたマスメディアが取り上げるようになり、大きな問題として取り上げられたことには、ネットの影響力(自浄作用?)にも、この世の中も捨てたものでもないかな、とうれしくもなりました。

しかし、それと同時に、ヤジをされた都議が「セクハラヤジをされてもおかしくない」かのように論じる人たちが出始めたことはもちろんのこと、「だから男はダメなんだ」的な簡単に「男は~」とひとくくりにして批判する(主に女性たちの)声も目にするようになりました。
特に後者の「だから男は~」という声(主に女性たち)が非常に気になりました。

9歳年上の女性と学生の時に結婚し、主夫になった僕が経験したこと

今回は【主夫目線】で書きたいので、あえて、僕の経歴(?)をさらしたいと思います。
・22歳で結婚、同年、長男T誕生
・27歳まで学生(25歳の時、次男S誕生、長女Mは27歳の時誕生)
・パートナーの妻は学年で9年上

つまり、僕自身は数年前までは学生であり、【女性で9歳年上である妻】が主な稼ぎ手として経済的に我が家を支え、【男性である僕】が家事育児の多くの部分を担ってきました。
【男性で9歳年上である夫】が主な稼ぎ手であり、【女性である妻】が家事育児の多くの部分を担うことは、「あり得ること」と多くの人は思うようですが、我が家はその逆になっています。

なので、僕は結婚当初から様々なことを言われてきました。
妻が9歳年上だということについては「熟女好きなの?」「なんで9歳も年上の人と結婚しようと思ったの?」など
僕が学生だったことについては「穀潰し」「ヒモじゃん」など
僕が家事育児の多くを担っていることについては「奥さんは何でしないの?」「家で何してるの?」など
そういえば、親戚(最も僕が苦手にしている叔父)には「おまえの家族はおかしい」とまで言われたこともあります。

普段は「やれやれ」と思って適当に流しているので、これらのことに一つ一つ怒っているわけではありませんが、あえて書き出すと、こういうことが「9歳年上の女性と結婚し、主夫をしている男性」である僕は経験したことがある、ということです。
ボディタッチなどの直接的なセクハラ(痴漢)に遭ったこともありませんし、僕は男性ということもありあまり「下」に見られないからか(これもおかしな話ですが)、こういう言葉をかけられたことは、女性ほど多くないと思います。

しかし、「男性」である僕自身も、多くの人が「当たり前」だと考えている、ジェンダー・バイアスによって、様々な言葉を投げかけられた経験がある、ということです。
これらの言葉を投げかけてきた人の多くは僕の場合「年上の男性」でした。
しかし、少なからず「女性」がいたことも事実です。

僕自身に全く「ジェンダー・バイアス」がないということを言うつもりは毛頭ありません。
しかし、「女性に向かってセクハラをするのはオヤジだけ」というようなことを言ってしまうのは、ちょっと違うんじゃないかな、と思うのです。
統計でも出て来ていますが、未婚女性が結婚相手(男性)に求める年収と現実とのギャップは知られていると思います。
(舞田敏彦さんのデータえっせい:結婚の希望と現実
これらのデータでも分かるのは、今なお「男性は稼ぎ手であるべきだ」というジェンダー・バイアスです。

「30歳、子供1人、共働き、サラリーマン」だったら良いけれと゛、「30歳、子供3人、兼業主夫」はダメ

さて、ここで、昨日参加したイベントでの話になりますが、マスメディアも多く来ていました。
参加者が150人と限られていたこともあり、そして、僕が「比較的若そうな男性」だったからか、取材を受けました。
「なんで来ようと思ったのですか?」とか「どう考えてますか?」とか一通り質問された後、僕の身分(肩書き)について聞かれました。
そこで、僕が「30歳で子供が3人にて、兼業主夫しています」と言ったら、記者さんは引いてました。
少なくとも、僕には「引いている」ように見えました。
一瞬固まってたし、「えっ?」ってなってたし。

たぶん、僕が「30歳で、小さい子供が1人いて、共働きのサラリーマンなんです」とか言えば、「そうなんですね」で終わったと思います。
そして、「30代男性会社員」とかいう肩書きでコメントが載ったりしたんじゃないかと思います。

この出来事で分かったのは、今回のような「セクハラヤジから次のステップを考える」というようなイベントに積極的に集まって、報道しようとしている記者であっても、「ジェンダー・バイアス」がある、ということです。
記者さんを責める気は毛頭ありませんが、これは相当根深いんだな、ととても印象的な出来事でした。

では、その「ジェンダー・バイアス」みたいなものをどうするか、といえば、もうこれは、「マイノリティ」の存在をみんなに知ってもらうことしかないと思っています。
オストメイトが少しずつ認知され、オストメイト対応のトイレが少しずつ増えていっているように、かつては、エレベーターのない駅が多かったのが、車いす使用者が認知され、エレベーターが設置されていったように。

また、今回のイベントのスピーカーの中で女子大生がいたのですが、「専業主婦家庭で育った私たちにはロールモデルがない(少ない)」という発言がありました。
今までは「ロールモデルがない(少ない)」という意見には、「見本がなきゃ生きられないのかよ」と冷笑していたのですが、「多様な生き方がある」ということを示すことはやはり必要かな、と思いました。

地道に「主夫」「子育て主夫」というような「多様な生き方」を認知してもらえるように、僕も何か出来ないかな、と思います。
が、なにぶんそのための良いアイデアが僕自身分からず(一応、こうしてブログは書いていますが、講演とかには呼ばれないので多くの人に直接伝えられないし)、どうしたら良いのかな、とちょっと悩ましいところです。
アイデアがあったら、是非教えてもらえたら嬉しいです。
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2014.06.27 Fri l 日々雑感 l top
「学校」に関する話が続いてしまっていますが、良い機会でもあるので、一度書いておこうと思っていたことを書いてみたいと思います。
それは「学校が嫌いである」ということについてです。
僕自身は今、非常勤としてではあれ、教師として「学校」で働いています。
しかし、根っこの部分ではまだまだ「学校が嫌い」という気持ちがあります。

その「学校が嫌い」という気持ちは、小学校の高学年から出始め、中学校はまさに「苦痛」でした。
でも、親も教師も周りのクラスメイトもたぶん僕がそんな気持ちを持っていたとは全く思っていないと思います。
僕自身も長男T(小2)が小学生になったこと、そして、30歳という年齢になったことからか、ようやくその「学校が嫌い」という根っこの部分に向き合わないといけない、また向き合えるようになってきたように思います。

学校が嫌いな理由①いわゆる「スクールカースト」

些細な「学校が嫌い」な理由はいくらでも思いつきますが、ひとつ目はいわゆる「スクールカースト」と呼ばれるものです。
たとえば、学年で「どのグループに属しているか」によって、人間関係が大きく変わってしまうようなところとか、個性的な人間を卑下するようなこととか(場合によってはいじめになることも)。
そして、僕自身もその中でどうにか生きていかなければならず、クラスの誰かを傷つけたこともあります。
それは今でも鮮明に覚えていますし、僕自身が「被害者」であったというつもりもありません。

先日紹介した『ニトロちゃん』のあとがきに、高校生のニトロちゃんと現在のニトロちゃん(=著者の沖田×華さん)が話しをする場面があります。
そこで高校生のニトロちゃんは現在のニトロちゃんに「今地元の友達に何枚年賀状送ってる?」と質問し、「1人」という答えにショックを受ける場面があります。
僕なんかは1人もいません。

実家も比較的近いので子供たちをつれてよく行きますが、正直元クラスメイトには会いたくありません。
僕にとっては、学校での嫌な思い出が喚起されますし、Facebookなどでちょっと触れる限り「グループ」みたいなものは未だに残っている感じだからです。
中学校での「人間関係」やその時の相手への評価が、卒業して15年経った今も確実に残っているのが見えるからです。

学校が嫌いな理由②「教師は絶対的に正しい」

僕が通っていた中学校は、どこの私立の進学校だ?というような、有名な高校にバンバン合格者を出すような、近くにある公立の学校でした。
他の学校のことは知らないので、それが関係していたのかわかりませんが、教師が生徒たちの「一挙手一投足を管理している」ように僕には感じられました。

よく覚えているのは、1年生の時、西日がきつくて暑かったので、僕が窓際でカーテンの近くに座っていたので、すっと立ってカーテンを閉めたときのことです。
社会科の授業中だったのですが、その教師(男性)は僕が「教師の許可を得ずにカーテンを閉めたという【勝手な】行動に出た」ことに怒りを覚えたようでした。
僕としては授業の邪魔になるような音を出したわけでもないので、最初「おい、○○」と言って「何か言うことはないのか!?」と聞かれた意味も理由もわかりませんでした。
授業が中断され、立たされたままその質問に対する「答え」を必死で考えましたが、何を怒られているのかわかりませんでした。

今になると、(カーテンを閉めるということであっても)授業というその時間・空間を支配している「教師の許可を得ない行動をしたこと」が問題だったのだな、と思いますが、そのときはわかりませんでした。
こういう「教師は絶対的に正しく、生徒はその管理下で従わなければならない」というような出来事がいくつもありました。
中学生も3年生くらいになると、少しは教師に対しても「そういう考えはおかしくないですか?」と(その場ではすぐに考えられないので手紙で)反論できるようになりましたが、それでも教師たちは「教師は絶対的に正しい」と考えているように感じられました。

そして、その「正しさ」は多くの場合、「成績」(評価)という「力」を使って生徒たちに振りかざされました。
その絶対的な「成績」という「力」を持っているので、(特に公立の高校に進みたいと考えている)生徒は「ちょっとおかしいな」と思っても「反論」さえできなかったのです。
もし、「反論」すれば「成績」は落とされ、学力があったとしても受験の際に重要な資料になる「内申書」に何を書かれるかわからなかったからです。

僕が少しでも「反論」できたのは、そもそも公立高校に行くという選択肢がなかったからです。
私立高校は単純に筆記試験を受ければ良いので、特に「内申書」を気にする必要がほとんどありませんでした。

嫌いだった「学校」「教師」への思いが変わったきっかけ

学校が嫌いだった僕が「まぁ、学校も悪くないかな」と思うようになったきっかけは、僕が進学した高校の【雰囲気】によるものです。
特定の「教師」との出会い、とかそんなドラマティックなものではなく、まさに【雰囲気】でした。

聞くところによると今はまるで違う学校かのようになっているようですが、僕が通っていた当時、その高校は「法律に触れることでなければなんでもあり」というような感じでした。
喫煙や飲酒、窃盗はもちろんダメ(停学や退学)でしたが、私服OKなので、夏場に暑いからハーフパンツとTシャツで通学しても、髪の毛をどんな色に染めても(僕の前に座っていたやつはあるときピンク色にしていました)、ピアスをしていても、最低限やるべきこをしていれば教師に「問題」だとされませんでした。

もちろん中には、何かの理由(たとえば、「オタク」であるとか「ゲイ」であるとか)で他者を卑下する人間もいましたが、ほとんどの生徒は「オタク」だろうが「ゲイ」(男子校だったのですが、当時他の学年でTVでカムアウトした人がいました)だろうが特に気にしていませんでした。

だから、僕が中学までの大きな問題だった、「どのグループに属しているように振る舞わないといけないか」ということを考えたり振る舞ったりする必要は全くなく、自分自身の「ありのまま」生活していました。
僕が学校にいる間にずーーーーーっと本(小説)を読んでいようが、寝ていようが(担任には「寝過ぎだ」と注意されましたが)、特に問題になりませんでした。
大学進学に必要な成績を取っていれば、クラスメイトはもちろんのこと、教師も両親も何も「強制」してくることはなかったのです。

通っていた中学のような「学校」だったなら、絶望していたかもしれませんが、それまでと正反対かのような学校に入学したことで、(それまでの出来事がチャラになるわけではないものの)「学校も悪くないのかもしれない」と思えました。

個人の資質としての「学校嫌い」

微妙な問題を含んでいて、詳しく書き始めるとそれだけで論文のようになってしまいそうなので、今まで書いてきませんでしたが、「学校が嫌い」という気持ちには僕個人の資質の問題があったと今では考えています。
具体的には僕自身が「アスペルガー症候群(自閉症スペクトラム)」の傾向がある、ということです。
僕も周り(特に家族)の人も必要性を感じていないので、病院で診断された訳ではありませんが、【黒】とは判断されないけれど【白】とも言えない、そんな状態だと理解しています。

これは、先ほど触れた『ニトロちゃん』やアスペルガー症候群のある主人公による育児奮闘記『プロチチ』を読んでもそう思います。
また、今では特にNHKのEテレ(ハートネットTV)がたくさんの良い番組を作っているので、僕自身が教員として働いているということもあり、それらを観ていると、該当するものがあるな、と思います。

「発達しょうがい」については、触れること自体が微妙な問題になってしまいますが、僕が言いたいのは、必ずしも「支援」が必要なほどのケースではなくても、グレーである人もいて、そういうグレーの人にとっても、学校は「居づらい」場所である、ということです。
むしろ、グレーであるからこそ、「支援」の対象にならず、「学校」「教師」と衝突してしまうことがある、ということです。

それが良いことなのか悪いことなのかは僕には判断できませんが、僕自身が小学校、中学校、高校にいたときにはまだ「発達しょうがい」が今のように周知されておらず、「支援」の対象にさえなっていませんでしたし、「支援」の対象になった今だからこそ、グレーな人たちは【白】と判断されてしまい、居づらさを抱えてしまうことがあるのではないか、ということです。

「発達しょうがい」に限らず、どんなことを取ってみても、人間はその人数だけ、いろいろな「個性」があります。
黒から濃いグレー、薄いグレー、白と。
LGBTの方たちが使っているように、人間はその多様さ、様々な人がいることから「虹(レインボー)」で表されるように思います。
僕が「学校」という場で働いていて、常に気をつけていることはその、人間は「虹」である、ということです。

誰かにとって「正解」であったものが、他の人にとっては「不正解」ということがある、ということです。
僕が「学校が嫌い」だったのは、「一つの正解」だけしか教えられず、それを強制されたからです。
そういう経験をしてきた自分がもし、できることがあるとすれば、一つの「正解」を強制することではなく、人間は虹であるからこそ「様々な正解がある」ということを伝えることかな、と思っています。

そして、それが「学校が嫌い」な自分と正面から向き合う一つの形かな、とも思います。
2014.06.02 Mon l 日々雑感 l top
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