ツレがツタヤの実店舗で借りてきたDVDを観る日々が続いております。
ということで、今回観たのはこれです↓


BFG:ビッグ・フレンドリー・ジャイアント (字幕版)


僕が出かけていた間に先に観ていた子どもたちが「面白かったよ-」と言っていたので、どんな作品なのか少し楽しみに観てみました。
何かの映画を劇場で観たときに予告が流れていたし、スティーブン・スピルバーグが監督で、スピルバーグ作品は割と僕は観ているので、期待したのですが…。
僕にはあまり面白く感じられませんでした。

内容は、孤児院で暮らすソフィーに見つかってしまった巨人のBFG(ビッグ・フレンドリー・ジャイアント)がソフィーを連れ去ってしまうところから始まります。
最初警戒しているソフィーもBFGが自分を食べることはないと分かり、打ち解けていき、BFGの仕事やBFGが置かれている状況(巨人の中では小さく、他の巨人たちは粗暴)を理解していく。

ソフィーもBFGも孤独という点で共通しているので、お互い理解し合って行くということなのですが、そもそもBFGがソフィーを連れ去ってしまった時点で僕には受け入れがたく感じました。
ソフィーは打ち解けたように見えるかも知れませんが、それは孤児院にも、また、BFGが暮らす場でも「行き場」がないソフィーにとっては生きぬいていくための方法としか感じられません。

どんなに暴力を振るって、どんなに汚い言葉を使い虐待する親のもとにいても、親に順順であろうとする子どもの姿がソフィーの姿に重なって映ってしまいました。

また、最終的に他の巨人を人間たちが捕まえるのですが、「人間を食べてしまう」という理由なのですが、それが本当なのかもよく分かりません。
人間を食べてしまうシーン(ファミリー向けなので当たり前ですが)もなければ、人間が巨人に捕まるシーンもありません。
なので、これも、結局「人間に都合の悪い生き物を追い出した」と僕には映ってしまう。

そもそも、「人間こそが都合の悪い生き物なのでは?」という疑問が浮かんでくるのですが、この映画に出てくる人たちには微塵もそんな考え方が出て来ません。
自分は正義であり、正しいことをしている。
「孤児」、「子ども」という社会的な「弱者」を中心に添えることによって、その「正しさ」が正当であるかのように進めていく、というのは子ども向け映画であっても(子ども向け映画だからこそ?)、気をつけなければならないと思いました。

まぁ、救いとしては、この映画がほとんどヒットしなかったということかな、と。

勝手に五段階評価(基本的に甘いです)
★★★☆☆

2017年に観た映画ランキング

1 「さとにきたらええやん」 / 2 「この世界の片隅に」 / 3 「シチズンフォー スノーデンの暴露」 / 4 「her/世界でひとつの彼女」 / 5 「 愛しき人生のつくりかた」 / 6 「花様年華」 / 7 「EDEN/エデン」 / 8 「17歳」 / 9 「愛とセックス」(Sleeping With Other People) / 10 「あと1センチの恋」

11 「ロング・トレイル!」 / 12 「惑星のかけら」 / 13 「麦子さんと」 / 14 「BFG:ビッグ・フレンドリー・ジャイアント」

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2017.01.31 Tue l 2017年 l top
先日、秘密結社 主夫の友に、学生に家庭内インターンを提供しているスリール株式会社から「学生たちに主夫として話をしてほしい」という依頼がありました。
基本的に人前に出る依頼(TVなどで大勢集まって欲しいと言われる時以外)はCEOや広報担当の2人が行くのですが、今回は、メディアに出る依頼ではないということで、他のメンバーが渋ったので(平日夜や休日は主夫にとっては都合が付きづらいということで)、僕もツレが仕事だったので子どもたち3人を連れて行ってきました。

話をしたのは、子どもがいる家庭に4ヶ月のインターンをしている学生たち40人(女性9:男性1)で、インターン期間の半分(2ヶ月)を終えての研修ということで、学生たちが興味を示した生活スタイルを送っている4人のうちの1人(主夫)として呼ばれました。
他に呼ばれていたのは、ファザーリング・ジャパンでもつながりのある育休を数回取得したTさん(共働き男性)、転職を数回経験し共働きで子どもが2人いる女性、専業主婦経験がありかつてスリールでインターン経験のある女性でした。

まず、4人が5分ずつくらい自己紹介し、司会に質問される形でのやりとりが30分、その後1時間は学生10人のグループが15分ずつ4人の話を順番に聞くという形でした。

20170127.jpg


僕としては主夫の友経由での依頼だったので、「主夫」としての生活について質問が中心になるのかと思っていました。

が、最初の自己紹介の時に司会をしていた方もそうだったのですが、僕のプロフィールで「事実婚」ということも興味を持ったようでした。
自己紹介では「夫婦別姓」やそれによる「事実婚」については僕からは話さなかったのですが、司会の方に質問される形で答え、そこでのやりとりが短かったからか、学生たちからも多く質問されました。

①なぜ、事実婚にしたのか?
②なぜ、夫婦別姓にしたいのか?
③事実婚のメリット、デメリットは?

中心となる質問はこの3つでした。

①と②は重なる部分が沢山ありますが、姓というのは「アイデンティティ」であり、僕は姓を強制的に変えられたくないし、誰にも姓を変えることを強要したくない(変えたいと思っている人に変えないことを強要したくない)と考えていることを話しました。
また、夫婦別姓についての基本的な話として、僕が結婚する以前から(確か中学生くらいの時から)選択的夫婦別姓制度については国会で話が出て来ていて、国連の女性差別撤廃委員会からも勧告が出されていました。
なので、僕も結婚当初、楽観的に「そろそろ民法も変更されるだろう」と考えていたこと、でも、2015年の最高裁の判決では、20年以上も何もしなかった「国会」に話を差し戻し、選択的別姓制度がないことによる不利益・不都合さは「通称使用で緩和される」と一度も改姓した経験の無い人間によるばかげた理由を用いたことで、民法が改正される見込みがないと判断したということも話しました。

③については、「実感(感覚)」という部分と「制度」の話は別にしなければいけないと思ったので、まずは「制度」について話しました。
事実婚では
・配偶者控除がなくなる。
・親権が片方になる。
・死んだ際、相続が出来ない。
・その他、病院や保険など、その組織に判断がゆだねられているグレーな場面がたくさんある。
配偶者控除以外は、親権ならば共同親権に関する契約をし、相続に関しても遺言を残すことで受け取る事が出来ます(が、相続税は配偶者よりかかってしまう)。
また、僕らが入っていた保険は、法律婚を解消しても名前の変更だけで大丈夫でした(これは保険会社によるので確認が必要)が、病院などによっては、例え配偶者であっても、同居している親であっても、親権がないことで面会出来なかったり、手術の同意書に署名出来ないことがあります。
でも、その場合に不利益を被るのは僕であること(親権はツレであり、子どもたちの姓はツレの姓)、僕らはそもそも配偶者控除の適用外だったので、事実婚にすることが出来たました。

そして、「実感(感覚)」部分ですが、昨年末の次男とのスペイン旅行でも、僕が一番懸念していた入管でも全く問題にならなかったことも話しました(スペイン出国時に「親子?」と聞かれたのみ)。
これには、驚いていた方も多かったのですが、僕自身もそうですが、いかに「親子は同じ姓であることは当たり前のこと」という認識が根付いているということを表しているように思いました。
日本では当たり前のことであっても、世界ではそうではないかもしれない。

僕自身はそれを意識するきっかけとなったので、学生たちも少しでもそういうことを考えてもらえるきっかけとなったら良いな、と思います。
2017.01.30 Mon l 夫婦別姓について l top
ツレがツタヤの実店舗でDVDを数枚借りてきました。
今回も、その中から観てみました。


シチズンフォー スノーデンの暴露(字幕版)


いつも聞いているポッドキャストの番組(「白と水色のカーネーション」)で感想が語られていたこともあり、すごく良いタイミングで観ることが出来ました。

内容は、今公開されているオリバー・ストーン監督の『スノーデン』と異なり、エドワード・スノーデン氏自身が登場します。
匿名での暗号化されたメールでのやりとりが続いた後、香港で直接コンタクトを取ることになり、そこでのやりとり、ガーディアン紙とワシントンポスト紙での報道、その後ロシアに行き滞在することになるまでのやりとりが生々しく撮影されています。

そもそもスノーデン氏が何をしたのか、彼が何を問題だと感じ、資料を新聞記者たちに流したのかを知らない人も多いかも知れません。
そのような人たちにもNSA(アメリカ国家安全保障局)がどんなことをしているのかが、スノーデン氏の口から語られていくので、梨難しく感じることもないと思います。

そもそもスノーデン氏が告発したPRISMが実際に機能しているのかどうかも疑わしいと考える人もいるので、この映画への評価もそのPRISMへの反応・考え方によって変わってくるでしょう。
僕自身は、PRISMも実際に機能していると考えていますし、スノーデン氏が映画の中で危惧している出来事もやろうと思えば出来ると思うので、この話も実際の出来事なのだろうな、と思います。

その上で、メールでのやりとりから始まり、ロシアに滞在するまでの様子を丹念に描かれていることは、スノーデン氏との信頼関係を構築するということだけでなく、全体像を示そうと試みる上でも素晴らしい仕事をしていると感じました。

陰謀論に与する必要はありませんが、PRISMは決して陰謀論ではないので、PRISMへの評価(スノーデン氏が語っている内容がそのまま行われているのかどうか)は色々あるにせよ、現実に起きていることを知るという意味でも、観ておくべき映画だと思います。

勝手に五段階評価(基本的に甘いです)
★★★★☆

2017年に観た映画ランキング

1 「さとにきたらええやん」 / 2 「この世界の片隅に」 / 3 「シチズンフォー スノーデンの暴露」 / 4 「her/世界でひとつの彼女」 / 5 「 愛しき人生のつくりかた」 / 6 「花様年華」 / 7 「EDEN/エデン」 / 8 「17歳」 / 9 「愛とセックス」(Sleeping With Other People) / 10 「あと1センチの恋」

11 「ロング・トレイル!」 / 12 「惑星のかけら」 / 13 「麦子さんと」

2017.01.29 Sun l 2017年 l top
ツレがツタヤの実店舗で何本かDVDを借りてきました。
1週間レンタルですぐに観ないといけないということから、まずはこの作品から観てみました。


ロング・トレイル! [DVD]


洋画の際に毎回のように指摘することですが、原題は「A Walk in the Woods」で、ベースは主人公であるビル・ブライソンの紀行本(『Walk About~Single volume containing Down Under and A Walk in the Woods.~』)になっています。

ビル・ブライソン(Wikipedia)

かつて紀行本で作家としての地位を確立したブライソン。
家族含め、周囲の人たちにはもはや引退したと思われている中、アパラチアン・トレイルを目にします。

アパラチアン・トレイル(Wikipedia)

かつて(40年前くらい?)旅をしたことを思い出し、アパラチアン・トレイルに挑戦することに。
上のWikipediaを見てもらえれば分かると思いますが、アパラチアン・トレイルはアパラチア山脈に沿った約3500kmを歩くというもの。
毎年約2000名が挑戦し、成功するのはその中の1割以下。
過酷を極める道程なので、当然死者も出ます。

過酷な旅になることから、妻にも反対されます。
妻が渡してきた記事(心臓発作で死に何日も見つからなかった例など)を読み、さすがに1人ではまずい、ということで一緒に行ってくれる人を探すものの、年齢もあり、皆に断られてしまいます。
そんなとき、ブライソンが相方を探していると耳にした旧友のカッツから連絡があり、2人でアパラチアン・トレイルに挑戦していきます。
これが前振りで、その後はアパラチアン・トレイル道中でのやりとりが展開されていきます。

トレイルを舞台にした映画としては、去年観た「わたしに会うまでの1600キロ」がとても良かったです。


わたしに会うまでの1600キロ(字幕版)


「わたしに会うまでの1600キロ」は去年観たのでブログに書きませんでしたが、どちらにも共通するのは、「何かを変えたくて挑戦する」ということ。
特に年齢を重ねると、どんどん新しいことに挑戦しづらくなったり、出来なくなったりするというのは、(まだ30代ですが)僕も感じるところです。
また、自然のすばらしさもどちらの作品にも共通するところです。

ですが、この作品(「ロング・トレイル!」)でイマイチだと思ったのは、その自然が舞台であるにもかかわらず、肝心な場面で「セット(舞台)」だったこと。
この場面を観たとたん、一気に僕の気持ちが冷めてしまいました。

ネタバレになってしまうので、内容には触れられませんが、ラストも僕には好感の持てるものでした。
ヒットする映画は大抵ハッピーなラストで終わりますが、特に「わたしに会うまでの1600キロ」やこの「ロング・トレイル!」は何かを変えたいということでのチャレンジなので、簡単にハッピーにされてしまうほど人生簡単じゃないんじゃないかなと思ってしまうのです。

勝手に五段階評価(基本的に甘いです)
★★★★☆

2017年に観た映画ランキング

1 「さとにきたらええやん」 / 2 「この世界の片隅に」 / 3 「her/世界でひとつの彼女」 / 4 「 愛しき人生のつくりかた」 / 5 「花様年華」 / 6 「EDEN/エデン」 / 7 「17歳」 / 8 「愛とセックス」(Sleeping With Other People) / 9 「あと1センチの恋」 / 10 「ロング・トレイル!」

11 「惑星のかけら」 / 12 「麦子さんと」

2017.01.28 Sat l 2017年 l top
先日、地元の子育てつながりの知人がある映画の上映会を企画していました。

映画『さとにきたらええやん』上映会~多世代で地域へのつながりを考える~(Facebook)

元々観たい映画で、ポレポレ東中野や渋谷のアップリンクでも上映していた時には行けなかったので、自主上映会を企画してくれて良かったです。

さとにきたらええやん(公式サイト)

さとにきたらええやん表


さとにきたらええやん裏




タイトルになっている「さと」とは何かというと、大阪府西成区にあるNPO法人「こどもの里」のことです。

特定非営利活動法人(NPO法人)こどもの里(ホームページ)

以前、NHKでも度々番組になっているNPO法人で(こども 生きる力(NHKアーカイブス))、釜ヶ崎という地域性もあり、どのような事が日々起きているのかとても興味を持っていました。

釜ヶ崎、あるいは、西成、あいりんというところを知らない人には少し最初戸惑ってしまうというか、「本当にこんなところがあるの?」「いつの時代?」と思ってしまうかも知れません。
でも、いわゆる釜ヶ崎を描いている他の映画や番組などと違うのは、「こども」が中心のところです。
例えその場所が釜ヶ崎であっても、「こども」を中心に、そのこどもを取り巻く環境、こどもに接する大人を描いています。

それらのこどもを中心とした環境や大人の状況を見ると確かに、社会問題がたくさん出てくるのですが、最初に館長の荘保共子(しょうほともこ)さんが語るように本質は一緒ということがよく分かります。
荘保さんがくも膜下出血を患うシーンなどショッキングな出来事も描かれますが、丹念に時間をかけて撮影されている事がよく分かるとても良い映画でした。

また、社会問題を扱う映画というと、それらの「問題」の解決に向けて何かアクションを求められるような気がするかも知れませんが、そういうこともないので、割と多くの人に受け入れやすい映画になっていると思います。

今年観た映画の中で一番良い映画だと僕は思いましたが、それは多分、釜ヶ崎ではありませんが、フリースクールや野宿の人に関わっていたことも大きいと思います。

勝手に五段階評価(基本的に甘いです)
★★★★★

2017年に観た映画ランキング

1 「さとにきたらええやん」 / 2 「この世界の片隅に」 / 3 「her/世界でひとつの彼女」 / 4 「 愛しき人生のつくりかた」 / 5 「花様年華」 / 6 「EDEN/エデン」 / 7 「17歳」 / 8 「愛とセックス」(Sleeping With Other People) / 9 「あと1センチの恋」 / 10 「惑星のかけら」

11 「麦子さんと」

2017.01.27 Fri l 2017年 l top
今回もAmazonプライム・ビデオ(プライム会員だと無料で観られる)で観ました。
前からちょっと気になってはいたものの、観ていなかったのですが、そろそろプライム・ビデオから外れる、ということが書かれてあったので、観てみました。


her/世界でひとつの彼女(吹替版)


内容は、AIに恋をする男性(セオドア)の物語。
時代が明確には書かれていませんが、近未来で、仕事は手紙の代筆、家庭では1年前に妻に出て行かれたものの、まだ離婚書類にサインが出来ていないという状況です。

そんなある日、自分だけのOS(人工知能型OS)が発売されていて購入し、そこからOSがサマンサと名乗り、セオドアとサマンサのやりとりが始まる。
OSが女性ということで親しくなっていき、セオドアとサマンサは恋人関係に。
サマンサには肉体がないので、肉体があるかのように試行錯誤したり、元妻には「生身の人間と向き合えていない」と批判されたり、恋人としての紆余曲折を経たり。

そもそもSF映画であり、そしてOS(AI)に恋をするという内容から、まるで受け入れられないという人もいることが簡単に想像出来ます。
でも、僕は、「こんな世界は訪れない」と一蹴することが出来ない内容だと思いました。

実際にAIに恋をする人が出てくるだろうし、それで満足する人たちも出て来ると思います。
実際に現在でも、「生身の人間に向き合えない」と元妻に批判されてしまうだろうなという人たちは一定数いますし、そういう人たちがもっと「リアルな恋愛」を求めることも想像に難くありません。

なので、この映画は僕としては割とリアルな現実を予測する(ラストも含め)ものとして良く出来た作品だな、と思いました。
もし、批判的な事を書くとしたら、「生身の人間に向き合えなくなった人間」が増えたとき、社会はどうなるのだろうか、ということですが、それを扱うには他の映画を作らないといけないかな、と思います。

勝手に五段階評価(基本的に甘いです)
★★★★☆

2017年に観た映画ランキング

1 「この世界の片隅に」 / 2 「her/世界でひとつの彼女」 / 3 「 愛しき人生のつくりかた」 / 4 「花様年華」 / 5 「EDEN/エデン」 / 6 「17歳」 / 7 「愛とセックス」(Sleeping With Other People) / 8 「あと1センチの恋」 / 9 「惑星のかけら」 / 10 「麦子さんと」

2017.01.26 Thu l 2017年 l top
こちらもAmazonのプライム・ビデオ(プライム会員だと無料で観られる)です。
レビューの評価がかなり高く、最近の映画だったので観てみました↓


麦子さんと


ストーリーは、小さな頃に母親と別れ、兄と2人で暮らしている麦子を通して、母の生前の姿を追うというもの。
ある日突然兄妹の前に現れた母。
母と兄と3人で暮らすことになったものの、兄は恋人と同棲することになり出て行き、母と2人で生活することに。
覚えてもいない母との生活に少しずつ慣れてきたと思ったら、母は突然死んでしまう(元々癌を患っていた)。
母の故郷に1人で麦子が納骨に行き、そこで母の思い出をたくさんの人に聞き、死んだ母と和解する。

「母」と「娘」というのは永遠のテーマのようでいろんな作品が作られていますが、その中でも母に傷つけられた娘が母の「本当の思い」を知って和解する、というのもかなり王道のテーマです。

なので、何か新しい点というか演出があるかというと、(僕には)特に無いように思いました。
何故、母が子どもたちを手放さなければならなかったのかも簡単に触れられるだけですし、母から送られていたお金を猫ばばしていた兄にもあまり追究しない。

描き方も丁寧ではなく、触れられるべきところが曖昧なままで、さらにテーマは「よくある」ものというか王道。
レビューでは堀北真希さんが「かわいい」とかいう理由で評価する人たちもいるようですが、別にかわいくなくても良いので、このテーマにした理由が分かったり、あるいはもう少し丁寧に描いて欲しかった、というのが僕の感想です。

それでも、「観なきゃ良かった」、という感想にはならないのは、周りの出演陣がしっかりと固められているからかなと思います。

勝手に五段階評価(基本的に甘いです)
★★★☆☆

2017年に観た映画ランキング

1 「この世界の片隅に」 / 2 「 愛しき人生のつくりかた」 / 3 「花様年華」 / 4 「EDEN/エデン」 / 5 「17歳」 / 6 「愛とセックス」(Sleeping With Other People) 7 「あと1センチの恋」 / 8 「惑星のかけら」
 / 9 「麦子さんと」

2017.01.25 Wed l 2017年 l top
今回も、Amazonプライム・ビデオ(プライム会員だと無料で観られる)で観た映画です。
ちょっと前までは、映画はテレビ画面で、と思っていたのですが、最近は、ノートパソコンやiPadで観るようになりました。
テレビ画面の方が大きいし、見やすいのですが、テレビを使う利便性よりも、ノートパソコンやiPadの利便性が上回ってきました。
ということで観たのはこの映画です↓


惑星のかけら


Amazonのレビューだと評価が高かったので観てみました。
調べてみると、「ポルノチック」という3人の女性監督のシリーズの一つだということです。

ポルノチック(公式サイト)
映画「ポルノチック」公式ページ(Facebook)

「ポルノチック」というシリーズ名ですが、いわゆるラブシーンは最後ちょっと出てくるだけなので、欧米の(ファミリー向け以外の)映画だとこの位はどんな映画にも出てくるような感じでした。
なので、ことさら「ポルノチック」と言って、それを前面に出されると、ちょっと違う気がしました。

内容は、以前暮らしていた家があった空き地周辺でぶらぶらする少女(和希)と元恋人のあとをつける三津谷が渋谷の街で出会い、1日(といっても夕方から明け方まで)を共にするというもの。

和希が何でぶらぶらしているのかも最初いまいち分からなかったり、三津谷の行動が明らかにストーキングで、その元恋人もその行動はとても魅力的には感じられなかったので、映画の内容に入り込むことが出来ませんでした。

映画の中で気になったというか目にとまったのは、三津谷がナルコレプシーのような症状を示していたこと。
観終わった後、公式サイトの作品情報を観てみたら、三津谷はナルコレプシーであると書いてありました。

ナルコレプシー(Wikipedia)

ナルコレプシーの描き方に不快感は抱かなかったのですが、本当にこんな感じで寝ちゃうのかな?とは思いました。
入眠の仕方、覚醒の仕方が不自然に自分には見えてしまって、(ナルコレプシー罹患率が日本が一番高いとは言え、身近で見てきたわけではないですが)そのことがどうしても気になってしまいました。
三津谷がナルコレプシーでも良いのですが、なぜその場面でナルコレプシーの症状が出るのか、逆になぜ他の場面では出ないのか、全くよく分かりませんでした。

また、和希が最終的に三津谷とセックスするのもよく分かりませんでした。
最初、そういう関係になりそうだった男性とは「えっ?なんでそうなるの?」みたいな感じだったのに、何故三津谷となら良かったのか。
夕方(夜?)から行動を共にしていたとしても、最初の男性との「えっ?」はどこにいってしまったのか。
短い映画だったこともあり、いろんな状況や登場人物たちの心情がよく分からないまま終わってしまいました。

勝手に五段階評価(基本的に甘いです)
★★★☆☆

2017年に観た映画ランキング

1 「この世界の片隅に」 / 2 「 愛しき人生のつくりかた」 / 3 「花様年華」 / 4 「EDEN/エデン」 / 5 「17歳」 / 6 「愛とセックス」(Sleeping With Other People) 7 「あと1センチの恋」 / 8 「惑星のかけら」

2017.01.24 Tue l 2017年 l top
先日、母校&出身学科の公開講演会に行って来ました。

文学部キリスト教学科主催 公開講演会 キリスト教の「家族主義」を考える ――クィア神学の視点から

1.講演の中身

講演者は、堀江有里さん。
日本キリスト教団の牧師(講演日現在は無任)で、レズビアンをカミングアウトしている社会学者・神学者です。

講演内容を要約するのは難しいのですが、LGBTs当事者に限らず「家族主義」あるいは、「家族第一主義」にとらわれているのではないか、という問いかけとそれに対する堀江さんの応答が発表されていました。
「家族主義」、「家族第一主義」がどのように現れているのかを、米国の流れ、聖書での描かれ方(特にイエスの時代)、教会における「結婚」の捉えられ方からひもとこうとされていました。

質疑応答では、堀江さんの聖書解釈が果たして妥当なのかどうか(血縁家族の解体から新しい共同体を構築しようとしているという読みに対して、むしろイエス(あるいは神)を頂点とした新たな「家族主義」を目指していると読めるのではないか)、何故日本では女性の牧師が少ないのかということなど、キリスト教内部(関係者)にとっては興味深いやりとりだったと思います。

2.あらゆる場で頻出している「post-truth」

でも、僕はこの講演(1時間)、そしてその後の質疑応答(1時間)の中で、最も肝心なことが触れられていないように思いました。

昨年末、世界最大の英語辞典を発行するオックスフォード英語辞典が「今年の言葉」として選んだのが「post-truth(ポスト真実)」でした。
「ポスト真実」が今年の言葉 英オックスフォード辞書(BBC)
これは、「客観的事実よりも感情的な訴えかけの方が世論形成に大きく影響する状況を示す形容詞」です。
具体的には、イギリス、アメリカでの状況を踏まえて選ばれた言葉なのでしょうが、この「post-truth」は今に始まったことではなく、今までもあったし、さらに政治の場面だけでなく、どこにでも起きていることなのだと思います。

今回の講演では、聴衆は「関心のある人」に限られ、質疑応答でも、学問的あるいは整然と自分の考え方を伝え、それに対して、学問的あるいは整然と反論あるいは自分の考えを伝えるということが行われていました。
学問の世界ではそれで良いのでしょうし、それが「ルール」でもあるのですが、僕(たち)が直面しているのは、そのような応答が出来る場ばかりではありません。

3.オブラートに包まれた「post-truth」

以前、僕が職場でLGBTsについて語ったとき、それに対しての反応を伝えられたことがありました。
その時に伝えられたのは、

「あの場にはふさわしくないのではないか」

ということでした。

また、僕が人から聞いたことのある話としてこんな出来事を聞いたことがあります。
ある男子校で生徒会選挙の際、1人の立候補者が自分がゲイであることを告白しました。
それに対して、1人の教員がその生徒を呼び出して「あの話(ゲイを告白したこと)はあの場にはふさわしくない」と伝えたそうです。

この時使われている「ふさわしくない」という表現こそが、まさに「post-truth」だと思うのです。
例えばキリスト教では、特に21世紀に入ってからというもの、世界中の教会で分裂するような課題になっているのが「同性愛をどう扱うか」というものです。
その時、まだ聖書を用いて「聖書にはこう書いてあるからダメなんだ」と言ってくるのなら、反対に聖書を用いて「聖書にはこう書いてあるから問題ではない」ということもできるでしょう(聖書を恣意的に用いることが適切かどうかなどの課題はひとまず横に置いておきます)。

でも、実際は「同性愛なんて気持ちが悪い」、「同性愛は病気である」、「同性愛者なんていなくなれ」というような考えが根底にあるにも関わらず(本人がそれを認識しているかどうかは問わず)、直接それを表明してしまうと明らかな差別になってしまうので、何重にもオブラートに包んで表明する言葉が「○○にはふさわしくない」という言葉なのだと思います。
事実や理論、そして学問がどうであろうと、「そんな話聞きたくもない」という自分の感情があり、それを伝える手段として、「そんな話をするな」というと圧力になり、「そんなのは正しい人間ではない」と言ってしまえば明らかな差別になる。

そのままの言葉を言ってしまえば逆に自分が批判される立場になってしまうかもしれないからこそ、「○○にはふさわしくない」という何重にもオブラートに包み、そして、他の人も「確かにそうなのかもしれないな」と思わせてしまう言葉を使うのです。
そして、その「○○にはふさわしくない」という言葉の最終目標は何かといえば、「その話を二度とさせない」ということです。
「ふさわしくない」あるいは「ふさわしくないのではないか」と言われた当事者にしてみれば、ふさわしくないならばその話をすることが出来なくなります。
これによって、「ふさわしくない」と言った人の嫌悪は表に出ることなく(本人も周りの人も気づくことなく)、同性愛というような当事者にとって告白することが人生においてものすごい大きな決断になることであっても、二度とそれについて語ることが出来なくなってしまうのです。

4.オブラートに包まれた「post-truth」にどう対処するか

このような「○○にはふさわしくない」という言葉や態度に対してどのように対処していけるのか、これこそが「神学」や「学問」ではなく、今現在僕たちの社会が抱えている課題なのではないかと思います。

今回の講演会では「クィア神学の視点から」ということだったので、必然的にLGBTsについての話になりましたが、他にも当てはめられるものはいくらでもあるでしょう。
また、僕が実際に経験したのは「ふさわしくない(ふさわしくないのではないか?←疑問にすることによってオブラートを強化)」という言葉でしたが、他の言葉のこともあるでしょう。
それらの何重にもオブラートで包まれているけれども、最終的には、それをやめさせたい、目の前から消し去りたいと思っている人の言葉を向けられた時、どうすれば良いのか。

それは、また同じことを語る、ということ、何度でも言うということなのだろうと思います。
「ふさわしくない」と言ってくる相手が望んでいることは、「その話を二度とさせないこと」。
だからこそ、止めてはいけないと思うのです。

2017.01.23 Mon l 日々雑感 l top
先日16日、秘密結社「主夫の友」の秘密会議がありました。

秘密結社「主夫の友」-NPO法人ファザーリング・ジャパン非公認組織-

秘密結社「主夫の友」Facebookページ

昨年の終わりはちょっと余裕がなくて2、3回会議に出られていなかったのですが、今回も余裕があったわけではありませんが、子どもを送り、3日分の買い物をし、掃除をしてから、会議会場の秋葉原へ向かいました。
(ちなみに、終了後は夕食の準備を軽くして、ムスメをお迎えに行き、スイミングスクールに行き、同時にサッカースクールのある次男の様子を観て、一緒に帰り、夕食を作り、夜は夜で仕事にも関わるシンポジウムに向かいました。)

「秘密会議」と銘打っていますが、オープンな場になっていて、主夫の友として今後どのような活動をしていくか、具体的な動きを含めて話すものの、興味を持って下さった方にも来ていただいています。
今回は、新しく来て下さった方1名、メンバー2人のママ友、メンバーの知り合いの女性(ママ)、新聞記者、雑誌記者と5人の方が初めて来て下さいました

20170116.jpg
↑ゲストの話に聞き入るメンバーたち


新しく来てくれたのは、NPO法人tadaima!代表理事の三木智有さんでした。

特定非営利活動法人 tadaima!

その三木さんの話の中で興味深かったのが「パラレル家事」というもの。
tadaima!のホームページでも記事があるのですが(「家事は質よりタイミング!パラレル家事で家事不満を撃退!」)、家事の不満の軽減は、負担を減らすということよりも、自分が家事をしているときにパートナーが何をしているか、が大きく関わるというものです。

例えば、我が家で言えば、夕食を食べ終え、僕の中ではそのあと、①洗濯物を畳む、②寝る準備(布団の準備)、③洗濯をしようと考えていて、寝るのも遅くなってしまうので、取りかかります。
が、その時ツレが何をしているかといえば、仕事を終えて帰ってきて夕食も済みやっと「のんびり」出来るタイミングなのか、タブレットでゲームをしています。
こんな時、僕のフラストレーションは急上昇します。
とりあえず、洗い物をしろよ、と。

こういう状況は僕の中ではよくあるイライラするパターンなのですが、ここでイライラするのは、ツレが①洗濯物を畳む、とか②布団の準備とかをしないからではありません。
そうではなくて、「自分が家事をしているとき」に、「パートナーが何もしていない(ゲームしている=遊んでいる)」ことが原因です。

これは、僕だけでなく、その場にいた主夫たちもすごく納得する話だったようで、みんなうなずいていました。
家事で不満なのは負担の大きさではなく(大きさよりも)、自分が家事をしているときに、相手が「何をしているか」ということ。
今までうまく自分の中でこのイライラのパターンを把握できていませんでしたが、この三木さんの話はすごく納得のいくものでした。

だから、たとえば、我が家だと夕食の洗い物はツレがやることになっているのですが、ツレが遅く帰ってきた日にツレにそれをやって欲しいとは全く思いませんし、それを望んでいるわけでもありません。
よく、家事の不満軽減で何が重要かという話の中で「お互いに納得しているか」ということが語られるのですが、その「お互いの納得」の為には、自分が家事をしている(働いている)時に、相手が何をしているかが深く関わってくるように思います。

ということで、もし、パートナーとの良好な関係を築きたいと思うのならば、夕食後相手が洗い物をしているときに、テレビ観てごろごろしてるとかしないようにしていきたいですね。
2017.01.22 Sun l パパ活 l top