上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- -- l スポンサー広告 l top
先日、ツレからブログに書いた内容について文句を言われました。
最初、何を言っているのか全く分からなかったのですが、この投稿についてでした↓

「口を出す前に、体を動かせ」(2017年2月22日)

読んでもらえれば良いのですが、僕が書いたのは、

ある仕事をしている人に、その仕事をしていない人が口を出すのはやめろ。もし、口を出したいのなら、まずはその仕事を自分でやってみてからにしろ。

という内容を書きました。
「口を出す」というのは、アドバイスでも批判でも関係ありません。
本人はアドバイスだと思って伝えたことが、相手には批判だと受け取られることもあるので、そもそも何もしていない人は求められていないのに口を出すのはやめ、まずはその仕事を実際にすることから始めましょう、ということです。

20170316.jpg



で、この投稿について、先日ツレから文句を言われたわけですが、上に書いた内容は全く無視し、自分が批判されていることについて「そんなことを書くな」「(ツレにとって)肝心なことが書かれていない」と言ってきました。
(ツレが書かれていないといった内容は、最終的にツレがムスメの習いごとに付き添って行ったこと)

ある仕事をしている人に、その仕事をしていない人が口を出すのはやめろ。もし、口を出したいのなら、まずはその仕事をしてからにしろ。」という内容を伝える上で関係がないことについて、文句を言われたので、元記事を訂正するつもりはないのですが、この出来事で、言葉の伝わらなさを再度痛感しました。

昨日、「ラ・ラ・ランド」で「言葉にして伝えることって大切だと思う」というようなことを書きましたが、言葉にしても伝わらないんだな、と。
実際、上のブログ記事を書いて1ヶ月弱経とうとしていますが、現にツレは(僕が強制的にやるようにさせている)夕食の片付け以外全くやりませんし、むなしさばかりが募ります。
自分が批判されて怒るなら、批判されている内容について検討することが必要だと思うのですが、そういうことは一切考えないようです。

(具体的には、「家事をほぼ全て担っている僕に家事のやり方について口出しする前に、少しは自分も家事をしろ」という批判について。
まぁ、実際にこれだけ言っても家事を全くやろうとしないので、もはや自分は家事などしなくて良い存在だと全肯定しているのかも知れませんが。
というか、一緒に暮らすようになって11年経つので、もはや家事など自分のやることではない、ということなのでしょうし、そういう意味でも僕がこのブログで「ツレが家事を全くしない問題」について言葉にしても無意味だということになります。
そういう意味でも言葉が通じないことを痛感し、絶望的な気持ちになっています。)

ちなみに、この記事についてもう一つ言われたのが、最後に書いた「子どもたちが大きくなった時にはツレとは別に生きていこうという決意が強固になりました。」という文章についてです。
「こういうことを書くな」、と。
「家事を殆ど何もしないのに口を出してきて、もはや一緒に生活することに嫌気がさしている」ということなのですが、それも伝わらなかったようです。
結婚してからのこの11年、ずっと言い続けている「自分のことなのだからもっと家事をしろ」ということを無視し続けるだけでなく、結婚当初の家事分担の約束を反故にしているにも関わらず、その自分の行動は一切顧みることなく、僕に文句を言ってくる。
やはり、言葉にしても伝わらないんだな、と。

言葉にしても伝わらないので、このブログを続けるかどうか、また悩み始めました。
でも、この場で言葉にしないと、普段の生活でも殆ど喋ることもなく、言語化することがなくなってしまうので、言語化するという時にどういう方法が良いのか、しばし模索してみたいと思います。
スポンサーサイト
2017.03.18 Sat l 日々雑感 l top
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。