昨日(「保育園待機児童問題は都市部の問題」に反論してみる)に引き続いて、保育園への待機児童についてです。
昨日は、一連の議論の中で僕が気になった点を書きましたが、今回は、一論の議論の中であまり見かけなかったけれど、何故この点を議論しないのかな?と僕が思った点について書いて見たいと思います。

子育てと仕事の両立は女性だけの課題ではない。

待機児童で困っている人たちの声を見ると、メディアであれ、SNSであれ、その声を発信しているのはほぼ女性です。
男性で「うちの子が保育園に入園出来なくて困っている。育休を延長するか、やめるべきか。」という声を発している人は(少なくとも僕が見た中では)皆無でした。

もちろん、自治体(大きく言えば国も)の政策に対して、現状を改善するように意見することは大切にするべきだと思います。
でも、それと同時に、メディアやSNSで女性たちの「家庭(家事・育児)と仕事の両立」に関する声を目にする度に思うのは、「夫(父親、パートナー)は何してるの?」ということです。

国会議員のやりとりも基本的に待機児童問題が「女性の活躍を阻害している」という前提で話をしていますが、その前提は、「女性が家庭(家事、育児)と仕事をやる」という前提があるからです。
それらの議論の中には、男性の存在がありません。
議論をしているのは男性なのに、家庭と仕事の両立を目指すのは女性の話であって、男性はまるで仕事だけをしていれば良いかのような錯覚さえ覚えます。

だから、この待機児童問題だけでなく、家庭と仕事の両立というような女性に焦点を当てた報道を見る度に僕は「夫はどこに行ったの?何やってるの?」と思うのです。

主夫を名乗ってる僕から言わせてもらえれば、男性に出来ないことは、子どもを妊娠し出産することと授乳だけです。
他に、子どもたちの好みによっては、女性的な身体の柔らかさ(うちの子どもたちは妻の身体を触るのが好きで、触りながら寝ます)も男性には難しいことかもしれませんが、授乳に関しても、今は人工乳も良い物があるし、母乳の出があまり良くない人は早々に人工乳に切り替えるし、いずれ卒乳するので、この点も男性に出来ないことはありません。

でも、「家庭と仕事の両立」と言う時に出てくるのは(困っているのは)基本的に女性です。
男性でも人工乳なら授乳させることも出来るし、育休を取って面倒を見ることも出来るし、保育園の入園申請を出すことも出来ます。
当然、他の家事である、料理を作ったり、食器を洗ったり、洗濯したり、それを干して畳んだり、掃除をすることも男性でも出来ます。
なのに、「家庭と仕事の両立」で困っているのは女性たち。
いかに男性が家のことを何もせず、仕事だけをしていれば良いと勘違いしているかを日々見せつけられている気がします。

この際、本当に仕事に復帰したかったら、女性たちも「私が今まで育休を取っていたんだから、保育園が見つかるまで、あなた(=夫)が育休を取ってちょうだい」とでも言ってみるのも良いのではないか、と思います。
そこで「何をふざけたことを」とでも平気で言うような男性だったら、今後もその男性は「家事育児は女性のやること。家庭と仕事の両立も女性の課題」とし続けると思います。

小学校には待機児童はいないのに、保育園には待機児童がいるのは何故?

子どもを育てるということを、「家庭の問題」化のように書いてしまいましたが、そもそも、僕がちょっとおかしいと思っているのは、「子育てを家庭(特に女性)がすべきこと」と捉えている点です。

ちょっと立ち止まって考えてもらいたいのですが、小学校から中学校(現実的には今は多くの場合高校)まで、子どもが教育を受ける場が整備されています。
そこには、待機児童という問題は発生していません。
学区外やあるいは受験をして入学するような学校に入れないことはあるかも知れませんが、基本的にどの児童もどこかの学校に入学していきます。

これは、何故かというと、小学校(の年齢)からは、教育(やそれに付随する保健など)を受けることはその児童の権利だからです。
でも、何故か日本ではその小学校に入る年齢になるまでは、子どもが育てられる権利に基づいて環境が整備されておらず、基本的に「家庭の課題」にされてしまっています。

日本も締約している条約に「子どもの権利条約」というものがあります。

子どもの権利条約 特設サイト(ユニセフ)

この「子どもの権利条約」での子どもの定義は「18歳未満」のことなのですが、子どもの基本的な4つの権利を掲げています。

1. 生きる権利
防げる病気などで命をうばわれないこと。
病気やけがをしたら治療を受けられることなど。
2.育つ権利
教育を受け、休んだり遊んだりできること。考えや信じることの自由が守られ、自分らしく育つことができることなど。
3.守られる権利
あらゆる種類の虐待(ぎゃくたい)や搾取(さくしゅ)などから守られること。
障害のある子どもや少数民族の子どもなどはとくに守られることなど。
4. 参加する権利
自由に意見をあらわしたり、集まってグループをつくったり、自由な活動をおこなったりできることなど。

日本では、義務教育年齢が小学校(の年齢)からになっているので、小学校からは、この子どもの権利が守られるように環境が整えられているように見えるし、実際にそういう風に考えている人も多いように思いますが、それ以前、つまり小学校に入学するまでも当然、子どもの権利として、生きる権利、育つ権利、守られる権利、参加する権利を持っています。

保育園に入園出来ないことで、(殆どの場合)母親が仕事復帰出来ない、という「家庭(特に女性)の課題」だとされてしまっていますが、そもそも、子どもはどんな親の元であれ、生き、育ち、守られ、参加する権利があるのだから、保育園だったり、他に子どもにとって必要だと思われる環境を整えることが必要なのです。

保育園に入園出来ない、というのは、母親の問題、家庭の問題ではなく、子どもが当然持っている権利が十分に守られていないという子ども自身が抱えている問題です。
子どもたちが生き、育ち、守られ、参加できるようにしなければならないのに、それを見過ごしているということが問題なのであって、「女性が活躍できない」とかいうのは本来ならば二の次の問題なのです。

保育園の待機児童に関する問題を、単に女性や家庭が抱えている問題として処理するのではなく、日本では「子どもがもっている権利が侵害されている」という点で議論が進むことを願っています。
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2016.03.17 Thu l 日々雑感 l top