先日も少し触れましたが(「発達障がいではなく、HSPなのかも」)、こんな本を読みました。


内向型人間のすごい力 静かな人が世界を変える (講談社+α文庫) Kindle版


何でこの本を目にしたのか、気になったのかは忘れてしまいましたが、気になったので読み始めてみたところ、腑に落ちる事ばかりでした。
(今回読んだのは文庫版ですが、元々は『内向型人間の時代』という単行本だったようです。)

原文を読んだわけではないのですが、多分翻訳が僕には読みづらく(たとえば誰の発言か分からなかったり)、書いてある内容は良いのだけれど、少し読むのに時間がかかってしまいました。
もし、英語で読むのが苦にならない人は原文で読んだ方が良いのかも知れません。
原文で読んだ方が良いと思うのは、原題が「Quiet」ということもあり、必ずしも「内向型人間」のことを言っているわけではないからです。
静かにすること、静寂、あるいは静かにするのを好む人、そういう気質を持つ人について書かれたものです。

読みづらく感じたのは、科学的事実や結果が得られている内容と、「~かもしれない」という内容が混ざっているということもあったので、どの程度この本に書かれている内容(たとえば外向的な人と内向的な人の割合)が正しいのかの判断は僕の中では保留にしつつも、面白い指摘が沢山ありました。

たとえば、現代アメリカ社会がどのような人間を求める社会になっているかというと

「人格の文化」においては、思慮深く、規律正しく、高潔な人物が理想とされる。他人にどんな印象を与えるかよりも、自分がどうふるまうかが重要視される。(中略)
だが、「性格の文化」が広まると、(中略)目立つ人やおもしろい人が人気を得るようになった。



と指摘し、ある州の小学校教諭の言葉として

ビジネス社会では独創性や洞察力ではなく言語能力が評価の基盤になっています。上手にしゃべれて、注目を集められる人でなくてはならないのです。



という指摘を引き出しています。
「上手に喋れる=能力がある」という訳ではないのにも関わらず、上手に喋れる人の意見の方が通りやすいといったことを、実際の例を出しながら論じていることで、日本でも同じような状況が生まれていることにとても納得がいきました。


また、「とても敏感な人」(Highly Sensitive Person)についての以下の指摘も面白かったです。

たとえば、とても敏感な人は、行動する前に熱心に観察する傾向がある。彼らは計画から大きくはずれない人生を送ろうとする。見聞きすることや、におい、痛み、コーヒーなどによる刺激に敏感であることが多い。(中略)
だが、まったく新しい考えもある。とても敏感な人は、物質的・享楽主義的であるよりも哲学的・精神主義的な傾向がある。彼らは無駄話が好きではない。(中略)
とても敏感な人は、自分の周囲の情報――物理的なものも感情的なものも――詳細に処理する。普通なら見逃してしまう微妙なことに気づく。たとえば、他人の感情の変化や、電球が少しまぶしすぎるといったことだ。



とても敏感な人は時として強く感情移入することだ。それはあたかも、他人の感情や、世界で起きている悲劇や残虐な出来事と、自分とを隔てる境界が普通よりも薄いかのようだ。彼らは非常に強固な良心を持つ傾向がある。(中略)他の人たちが「重すぎる」と考える、個人的な問題のような話題に関心をそそぐことが多い。



これも具体的な状況も描かれていて、その具体的な出来事がいかにも自分自身でも経験したことのあるような場面だったりしたので、とても苦しく感じるとともに、苦しく感じる必要もなかったのかもしれない、と思うことが出来ました。


他にも、オープンオフィスについて指摘されていて、これは今日本で流行っている「開放的教室」(窓がなかったり、教室間の仕切りがなかったりする校舎)にも当てはまる指摘だと思いました。

スタッフの離職率を高める。働く日との気分を悪くさせ、敵対的にし、意欲を奪い、不安を抱かせる。オープンオフィスで働く日とは血圧が高くなり、ストレスレベルが上昇し、インフルエンザにかかりやすい。同僚と対立しやすくなる。(中略)心拍数を増加させたり、体内で闘争・逃走反応をもたらす「ストレス」ホルモンと呼ばれるコルチゾールを分泌させたりする。そして人々を、孤立した、怒りっぽく攻撃的な、他人に手をさしのべない人間にしてしまうのだ。



例外は、オンライン上のブレインストーミングである。電子機器を使った集団のブレインストーミングは、きちんと管理されていれば単独作業よりもよい結果をもたらす。(中略)
オンライン上で集団作業している人々はみな、それぞれに単独作業をしているのだという事実を、私たちは見逃してしまっている。それどころか、オンライン上の集団作業の成功が、対面の世界でも可能だと思い込んでいるのだ。



上の指摘は、人間の気質そのものの話ではなく、そもそも何かに集中しなくてはならない場面では「集中出来る環境」が必要だということです。
これはオープンオフィスや学校の校舎設計のような話だけでなく、学力が親の経済力に大きく影響しているということとも強い関連があります。
親の経済力が高いということは、子どもに個室が与えられる確率が高くなり、そして個室(つまり集中できる環境がある)ということで学力が伸びるのです。
もちろんその場合でも、リラックス出来るある程度のオープンな空間があることも必要な要素なのですが、そもそも全てオープンで雑多な環境では集中出来ず学力が伸びないのは当然のことなのだ、と思います。

本を読んで自分の生きづらさの理由が少し分かったような感じがして、とても良かったです。
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2017.06.18 Sun l 月間読書レポート l top