先日のS(2歳7ヶ月)が通う保育園の保育参加での話です。
今回は堅い話になります。堅い話が苦手な人は済みません。
保育参加の午後にあった、Sのクラスの保育士さんたちと参加した3人の子どもの保護者との座談会に出席したツレからこんな話を聞きました。


「うちの子が欲しいって言うんで、最近、エプロン買ってあげたんですが、大丈夫でしょうか?」


この言葉、意味が分からない人には全く意味が分からないかも知れません。
どういう意味かというと、

「うちの子(は「男」なのに本人が)欲しいって言うんで、最近、エプロン買ってあげたんですが、(今後「男」として)大丈夫でしょうか?」

ということだと思います。

この保護者が言っている意味自体は分かりますが、僕にはこの感覚は実際よく分かりません。
たぶん、T(4歳)とSはどういう意味なのかもよく分からないと思います。
なぜなら、TとSが台所で食事を用意している姿を見るのは99%、「男」である僕の姿だからです。
(まぁ、我が家の場合は、一般的な家庭と男女逆転してしまっているだけで、「バランス」がうまく行っていないので、褒められませんが。)

たぶん、この保護者のように、「男は男らしく育てないといけない」とか「男なのに、女みたいなことをしていて、将来が心配だ」とかいう感覚は結構いろんな人が持っているように思います。
実際、「父親には母性がないから、小さい子を父親は育てられない」、(育てているにしても)「父親が小さい子を育てていると、愛情が育まれない」だとか、「父親が主夫だと、父親としての威厳を子どもたちは感じず、「正常な」家族関係が築けない」だとか、そういう意見もまま耳にします。

こういうことを面と向かって言われると僕は怒りさえ覚えますが(短気なので)、自分自身としては、そういう「男だから○○であるべき、○○しなければならない」、「女だから○○であるべき、○○しなければならない」という感覚から、ニュートラルな状態でいたいと思っていますし、僕自身かなり無頓着な気がします。
なので、産まれたばかり(と言っても4ヶ月経ちましたが)のMを見て、「やっぱり女の子は違う?」とか聞かれたり、「女の子は違うねぇ。」とか言われても僕にはよく分かりません。
「男」であるT、Sと「女」であるMとの性別の違いを感じるとしたら、「おしっこが出るところ」や「おしっこのでかた」くらいです。
泣き声も3人ともこんな感じだったし、体つきも今はまだ変わらないし。

子どもたちには、すぐに飽きてしまうとしても、興味が出てきたもの、好きになったものにはなるべく触れさせたいと思っているので、たぶん一般的に「女の子」向けとされているシルバニアファミリーやメルちゃんで遊ばせていますし、プリキュアも子どもたちは好きです。
そして、料理に興味を持ってくれているので、TもSもそれぞれエプロンを持っていますし、Tには最近包丁を用意しました。
もしかしたら、子どもたちは将来、周りの「男」像、「女」像と自分たちとの感覚の違いで色んな不都合や不便を感じることになるかも知れません。
いろいろ言ってくる人たちもいるとは思いますが、その時は、この今の日本で「主夫」をしている僕なりに子どもたちに伝えられることはあるだろうと思っています。

それにしても、「男だから○○」とか「女だから○○」とか、いい加減に終わりにならないかな、と思います。
多くの人たちがそもそも性別を固定された2パターンでしか考えられていないことにも、やれやれ、と思ったりします。
このことで生きづらさを感じている人はかなりいると思うのですが。
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2011.11.11 Fri l 日々雑感 l top